双黄鵠歌送別     双黄鵠の歌 送別   王 維
 天路来兮双黄鵠 天路てんろより来りし双つがいの黄鵠
 雲上飛兮水上宿 雲上に飛び 水上に宿る
 撫翼和鳴整羽族 翼を撫して和鳴わめいし 羽族を整うるも
 不得已  忽分飛 已むを得ず 忽ち分かれ飛ぶ
 家在玉京朝紫微 家は玉京(ぎょくけい)に在って 紫微に朝するなれば
 主人臨水送将帰 主人は水に臨んで (まさ)に帰らんとするを送る
天上の路からやってきたつがいの黄鵠こうこく
雲の上を飛び 水上に宿る
翼を撫ぜて鳴きかわし 互いに励まし合うが
よんどころなく 別れてしまう
玉京山に住み 天帝に仕える身であれば
主人は水辺に佇んで 帰ろうとする人を送る

 王維は中書省を辞任しますが、だからといって帰農することもできません。そのときたまたま母崔氏の一族で崔希逸さいきいつという人が河西節度副使になって涼州(甘粛省武威県)に使府を置いていました。
 王維はこの人の辟召へきしょうを受けて河西節度使の節度判官になります。王維の中央における官途は三年足らずでまたも挫折し、十月には長安を発って涼州に赴きます。ところがここに、一首の不思議な詩があります。この詩では「兮」けいを多用して楚辞風に粉飾し神話的にぼかしてありますが、王維は赴任に際してひとりの女性をともなっていたようです。しかし、やむを得ない理由があって途中で別れ、長安にもどしたようです。王維は自分は朝廷に仕える身であるから、いっしょには住めないと言っているようです。

 悲笳嘹唳垂舞衣  悲笳嘹唳ひかりょうれいとして 舞衣ぶい垂れ
 賓欲散兮復相依  賓ひんは散ぜんと欲して 復た相い依る
 幾往返兮極浦    幾たびか極浦きょくほを往返おうへんして
 尚徘徊兮落暉    尚お落暉らくきに徘徊はいかいせり
 塞上火兮相迎    塞上さいじょうに火ありて相い迎え
 将夜入兮辺城    将まさに夜ならんとして辺城へんじょうに入る
 鞍馬帰兮佳人散  鞍馬あんばは帰りて 佳人は散じ
 悵離憂兮独含情  (ちょう)として憂いに(かか)り 独り情を含めり
芦笛は悲しげに鳴り 舞の衣ころもは力なく垂れ
客は去ろうとして また寄り添う
いくたびか 遠くの汀まで往きつもどりつ
夕陽の中で まだためらっている
とりででは火を燃やして迎えてくれ
夜になろうとするころ返境の城に入る
旅人は帰ってしまい 佳人は去りゆき
憂いに沈み ひとり悲しみに包まれている

 はじめの四句は二人が別れようとして別れがたくためらっているようすです。しかし結局は別かれて、王維は夜になろうとするころ涼州の城に入り、塞では火を燃やして迎えてくれました。
 王維はこのとき三十九歳。もともと風采にすぐれた美男子でしたので、三年近くの右拾遺のあいだに慕い寄る女性があったのでしょう。
 王維は宿舎に着いてからも憂いに沈み、悲しみに包まれていたと詠っています。

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