詶諸公見過   諸公の過らるるに詶ゆ 王維
嗟余未喪    嗟ああわれ 未だ喪ほろびず
哀此弧生    此の弧生こせいを哀しむ
屏居藍田    藍田らんでんに屏居へいきょして
薄地躬耕    薄地はくちを躬みずから耕し
歳晏輸税    歳晏としくれて税を輸おさ
以奉粢盛    以て粢盛しせいを奉ず
晨往東皐    晨あしたに東皐とうこうに往けば
草露未晞    草露そうろは未だ晞かわかず
暮看煙火    暮くれに煙火えんかを看て
負担来帰    負担ふたんして来帰らいき
ああ 私はまだ死にもせず
孤独の生を哀しんでいる
藍田に閉じこもって
やせた土地を耕し
年末には税を納め
供物を祖先の霊に捧げる
朝はやく 東の岡に行くと
草露はまだ乾いておらず
日暮れには炊煙のあがるのをみて
取り入れを担って帰る

 山荘での生活は二年ほどしかつづきませんでした。開元十九年(七三一)の夏のころ、三十三歳の王維は愛する妻を亡くしました。
 悲しみに沈む王維を慰めようと、秋になって友人たちが訪ねてきました。そのときの詩が「諸公の過らるるに詶ゆ」です。
 この詩は四言三十句の珍しい詩で、四言の詩は主として『詩経』に用いられ、二言の積み重ねによる素朴な表現のものが多いのです。
 唐代では廃れていた詩形ですが、王維は四言の長詩をつくり、複雑な心境を述べています。三十句の長詩です。前十句は山村での生活の現状を描いており、詩としては序の部分です。

我聞有客    我われ 客有りと聞き
足掃荊扉    荊扉けいひを掃はらうに足る
簞食伊何    簞食たんしれ何ぞ
副瓜抓棗    瓜を副き 棗なつめを抓
仰厠群賢    仰いで群賢ぐんけんに厠まじ
皤然一老    皤然はぜんたる一老
媿無莞簟    莞簟かんてん無きを媿
班荊席藁    荊けいを班き 藁わらを席
そんなとき 客があると聞き
門の茨いばらを取り払う
料理はどうしようかと心配し
瓜を割り 棗の実をつむ
仰ぎ見る諸賢にまじり
すっかり白髪の一老人
はずかしながら敷物もないので
そこらの草か藁を席にする

 この詩には「四言 時に官より出で輞川荘に在り」という題注がついています。題注の「官より出で」というのは重要で、なぜ「官より辞し」でないのか疑問を抱かせます。前十句の五句目に「歳晏としくれて税を輸おさめ」とありますが、唐代では士身分の者は税を納める必要がなく、税を納めるのは農民だけでした。
 だから「官より出で」というのは、官を辞任しただけでなく、士身分から農身分に移っていたことを意味しています。
 当時の身分制度からすると、これは極めて異例なことで、王維は汶陽の人と正式に結婚するために、士身分も捨てなければならなかったということのようです。中八句では、客が来ると聞いて準備にあわてる王維のようすが描かれています。妻がいないので料理はどうしようかと心配し、客の数が多いので客に出す敷物も足りません。

汎汎澄陂     汎汎はんはんたる澄陂ちょうひ
折彼荷花     彼の荷花かかを折り
浄観素鮪     浄きよらかに素鮪そゆうを観て
俯映白沙     白沙はくさに俯映ふえいせり
山鳥群飛     山鳥さんちょうは群れて飛び
日隠軽霞     日が軽霞けいかに隠るるや
登車上馬     車に登り馬に上
倐忽雨散     倐忽しゅくこつとして雨散うさんする
雀噪荒村     雀は荒村こうそんに噪さわ
鶏鳴空館     鶏は空館くうかんに鳴く
還復幽独     還かえって復た幽独ゆうどくたり
重欷累歎     重欷ちょうきして累歎るいたんせり
広々とした澄んだ池で
美しい蓮の花を折り
素鮪の泳ぐ姿を浄らかに眺め
白い沙に人の姿を逆さに映す
山の鳥は群れて飛び
夕日が霞のなかに隠れると
車に乗り 馬に騎って
人々はたちまち帰ってしまう
荒れた村で雀が鳴き
ひとけのない家で鶏が騒ぐ
帰ればまた寂しい孤独
すすり泣いて嘆きを重ねる

 王維は蒲州の父の遺産も処分したとみえ、客に出す敷物にも事欠くような貧しい生活をしています。自慢できるのは美しい自然だけで、蓮の花の咲いた池に案内します。
 「浄らかに素鮪を観て 白沙に俯映せり」の二句は、宗教的ともいえる繊細な表現です。「浄観」の一語は仏教的な精神を示し、「俯映」は逆さまに下に映ることを意味しています。
 池を覗きこむ人の姿が池の底の白砂に逆さに映っており、それが上から見えるという複雑なことを言っています。
 王維の繊細な観察力がいかんなく発揮されている部分です。
 日暮れになって人々が帰ってしまうと、王維はまた雀や鶏が騒ぐだけの孤独な生活にもどっていくのです。なお、題注には「輞川荘に在り」と書いてありますが、これは後年になってから付された注であるために「輞川荘」という言葉が使われているのであって、詩を作った当時は輞川荘と称していなかったと見るべきでしょう。

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