酬虞部蘇員外 過藍田別業 不見留之作 王 維
 虞部蘇員外 藍田の別業を過り 留まられざるの作に酬ゆ
貧居依谷口   貧居ひんきょ 谷口こくこうに依
喬木帯荒村   喬木きょうぼく 荒村こうそんを帯ぶ
石路枉廻駕   石路せきろげて駕を廻めぐらす
山家誰候門   山家さんか 誰か門に候こうする
漁舟膠凍浦   漁舟ぎょしゅう 凍浦とうほに膠こう
猟火焼寒原   猟火りょうか 寒原かんげんを焼く
唯有白雲外   唯だ白雲はくうんの外そと
疎鐘聞夜猿   疎鐘そしょう 夜猿やえんを聞く有り
谷の入口 貧しいわが家
高い木が さびれた村をとりかこむ
岩だらけの路を わざわざおいでくだされたが
山の家では お迎えする者もおりません
漁師の舟は 寒い入江で凍りつき
狩人の火は 冬の野原で燃えている
白雲の棚引くあたりに かすかな鐘の音
夜には猿の鳴き声が 淋しく聞こえてくるだけです

 山の別荘で自然にひたる閑雅な生活が理想でしたが、現実には厳しい冬もあり、山村での苦しい生活もあります。
 ある冬の日、尚書省虞部員外郎ぐぶいんがいろう(従六品下)の蘇という友人が藍田らんでんの家を訪ねてきて、たまたま王維が留守であったので、詩を残して帰りました。掲げた詩は無駄足を踏ませたことを詫びる作品で、「貧居 谷口に依り」と書き出しています。
 寂れた村のようす、漁師や狩人の生活、遠くの鐘の音、夜猿の鳴き声、楽しくのどかな生活ばかりでなかったことがわかります。


喜祖三至留宿  祖三の至って留宿するを喜ぶ 王 維
門前洛陽客   門前もんぜんに洛陽の客あり
下馬払征衣   馬を下りて 征たびの衣ころもを払う
不枉故人駕   故人の駕を枉ぐるにあらずんば
平生多掩扉   平生へいぜい 扉を掩おおうこと多し
行人返深巷   行人こうじんは深き巷ちまたに返り
積雪帯余暉   積雪は余なごりの暉かがやきを帯びたり
早歳同袍者   早歳そうさい 同袍どうほうたりし者
高車何処帰   高車こうしゃは何処いずこに帰らんとするや
門前に洛陽からの客が着き
馬を下りて 旅のころもの塵を払う
なつかしい友が来るのでなければ
いつもは門を閉じたままだ
妻は帰らぬ旅に発ち 君もまた去ってゆく
降り積もった雪は なごり惜しげに輝くのだ
若い頃は 上着も取り換えたほどの親しい友よ
君の車は どこに帰ってゆこうとするのか

 冬になって雪の降るころ、洛陽の祖詠(祖三は排行)が訪ねてきました。祖詠は済州にも訪ねてきたほどの親友で、汶陽の人とのいきさつも知っている竹馬の友でした。王維が洛陽の近くで勤務していたとき以来、おそらく四年振りの再会であったでしょう。
 王維は祖詠の来訪を心から喜び、招じ入れますが、詩は歓迎と別れの部分だけがあって、中間が欠けている感じがします。
 実は中間については祖詠の詩があって、四年の間に何もかもすっかり変わってしまって、慰める言葉もなく友の姿を見詰めているだけであったと、祖詠は詠っています。

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