賦得清如玉壷氷 賦し得たり「清きは玉壷の氷の如き」を 王維
蔵氷玉壷裏    氷を玉壷(ぎょくこ)(うち)に蔵せば
氷水類方諸    氷水(ひょうすい)方諸(ほうしょ)に類せり
未共銷丹日    未だ共に丹日(たんじつ)()えず
還同照綺踈    ()た同じく綺踈(きそ)を照らせり
抱明中不隠    (めい)を抱いて(ちゅう)を隠さず
含浄外疑虚    (じょう)を含んで外は(きょ)を疑う
玉の壷に氷を入れると
にじみ出る大蛤の水のように氷は融ける
陽光のなかで 壷も氷も消えることなく
飾り窓のきわに置かれてあたりを照らす
玉壷は透き通って中までみえ
氷は清浄で中空かと疑われる

 王維は十九歳のときに京兆府試けいちょうふしを受けて首席で合格しました。府試は貢挙(こうきょ)の予備試験にあたりますので、本来ならば出身地の河東で郷挙(ごうきょ)を受けなければならないのですが、岐王や寧王の邸に出入りしている王維は、特別のはからいで都の府試を受けることができたのでしょう。京兆府の府試は貢挙(後世の科挙のこと)の本試験よりも難関とされていましたので、府試に合格すれば本試験に及第するのは確実とされていました。府試で王維が作成した詩が
「京兆府試 時年十九」の題注をつけて残されています。
 詩の第二句に「方諸」という語が出てきますが、方諸は大蛤のことで、満月の夜、月を仰いで口(というよりは蛤の殻でしょう)を開くと体液がにじみ出てきて、それは月の水が滴ってきたものであるとされていました。これは取りようによっては淫猥な想像を生む表現ですが、詩句は神秘的に装飾されていて、清浄な感じします。
 しかも、その壷は「綺踈」(飾り窓)の窓際にあからさまに置かれていて、白日に照らされ、中まで透き通って見えるというのです。

気似庭霜積   気は似たり庭霜(ていそう)の積めるに
光言砌月余   光は言う 砌月(せいげつ)()
暁凌飛鵲鏡   (あかつき)には凌ぐ飛鵲(ひじゃく)の鏡
宵暎聚蛍書   宵には映す聚蛍(しゅうけい)の書
若向夫君比   ()()の君に向かって比せば
清心尚不如   清心(せいしん)には尚お()かず
庭に積む霜のように 冷たく厳しい気を放ち
石畳に照る月のように 光は白く清らかだ
(あした)には 鏡の明るさを凌ぎ
夕べには 蛍火で読む書物を照らす
その清らかさも かの君と比べれば
清い心は 及びもつかぬほどである

 氷を入れた玉壷の清らかさの描写は、後半六句のはじめ二句までつづきますが、最後の四句のうち、はじめの二句は蛍の光で勉学に打ち込む自分の姿まで織り込んで、府試の題詠にふさわしい作品に仕上げています。問題は最後の二句の「夫の君」です。
 「かの君」の清い心と比べれば、氷と壷の清らかさなど及びもつかないと、「夫の君」の清らかさの賛美で詩は結ばれています。
 「夫の君」とは誰かと問われても、この詩なら、どのような応答も可能でしょう。府試の題詠は役所が審査する公式のものですが、王維はその詩のなかで自分の複雑な胸の内を語り、分かる人には分かるように仕上げているのです。

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