登閶門間望      閶門に登りて間望す   白居易
   閶門四望鬱蒼蒼  閶門しょうもん 四望しぼうすれば鬱として蒼蒼たり
   始覚州雄土俗強  始めて覚おぼゆ 州の雄にして土俗の強きを
   十万夫家供課税  十万の夫家ふか 課税を供し
   五千子弟守封疆  五千の子弟してい 封疆ほうきょうを守る
   闔閭城碧鋪秋草  闔閭城は碧あおく 秋草しゅうそうを鋪
   烏鵲橋紅帯夕陽  烏鵲橋は紅あかく 夕陽せきようを帯ぶ
閶闔門から四方を眺めると 人が多く活気があり
蘇州が雄州で 文化の高い街であることがわかる
十万戸の家が 租税を納め
五千の子弟が 国境を守る
闔閭城は 秋草に覆われて青く
烏鵲橋は 夕陽を浴びて赤く染まる

 秋が深まって気候がよくなると、騎吏に勧められるまでもなく、白居易は蘇州城の内外を積極的に見てまわります。
 「閶門」は蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」しょうこうもんが正式の名です。
 この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせます。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊しています。
 「十万夫家」というのは城内だけではなく、城外の管下県の戸数も含むとみられ、十万戸以上の州は雄州と称されていました。
 唐代の蘇州城は羅城と内城からなり、「闔閭城」こうりょじょうは内城でしょう。
 「烏鵲橋」うじゃくきょうは古代にあった烏鵲館から名づけられた名橋で、夕陽に赤く照り映えているのが見えるのでした。

   処処楼前飄管吹   処処しょしょの楼前 管吹かんすいを飄ひるがえ
   家家門外泊舟航   家家かかの門外 舟航しゅうこうを泊はく
   雲埋虎寺山蔵色   雲は虎寺こじを埋め 山は色を蔵ぞう
   月耀娃宮水放光   月は娃宮あきゅうに耀き 水は光を放つ
   曾賞錢塘嫌茂苑   曾て錢塘を賞で 茂苑もえんを嫌きらうも
   今来未敢苦誇張   今いま来たって 未だ敢えて苦ねんごろに誇張せず
あちらこちらの楼前に 笛の音がひびき
家々の門外には 通航の舟が泊まっている
虎丘寺は雲に包まれ 山は緑の色をたたえ
月は館娃宮を照らし 水は月明かりを反射する
かつて杭州を褒め 蘇州を嫌っていたが
いまや蘇州に来て 褒め過ぎるのは間違いとわかる

 蘇州城内には運河に通ずる水路が張りめぐらされていて、家々の水路に面した門外には舟が繋いであります。つぎの二句は蘇州の城外で、「虎寺」は西北三㌔㍍ほどのところにある虎丘の虎丘寺こきゅうじのことでしょう。「娃宮」も西南一五㌔㍍ほどのところにあった館娃宮かんあきゅうのことで、この宮殿は春秋呉の夫差ふさが越の美女西施せいしのために霊厳山上に建てたものです。
 唐代では苑池の跡だけが残っていたようです。
 夜景を詠っていますが、これは対句のためと思われます。
 「茂苑」は蘇州の雅称で、本来は城内の東側の地名でした。「銭塘」はもちろん杭州のことで、白居易は以前は杭州を褒めていたけれど、蘇州を知ったいまは、杭州を褒め過ぎるのは間違いであると言っています。

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