夢行簡          行簡を夢む    白居易
   天気妍和水色鮮   天気妍和けんわ 水色すいしょくあざやかなり
   閑吟独歩小橋辺   閑吟独歩す 小橋しょうきょうの辺へん
   池塘草緑無佳句   池塘ちとうくさ緑なるも佳句かく無し
   虚臥春窓夢阿憐   虚しく春窓しゅんそうに臥して 阿憐あれんを夢む
天気は晴朗で 池の水もさわやか
ひとり詠いつつ 小橋のあたりを歩く
池塘春草あれど 佳句も浮かばず
家にもどって窓辺で眠り 弟阿憐の夢を見る

 白居易は友人と戯れ歌を交換するだけで、仕事もない毎日に飽きあきしていました。一方で、窮乏している親族を援助するには、より多くの収入を必要としていました。
 宗族意識の強い中国では、一族中の出世頭が一族の面倒をみるのは当然のこととされ、それが社会の安全弁にもなっていたのです。
 白居易は再び地方勤務を願い出ます。地方勤務が、中央での閑職よりもより多くの収入をもたらすものであることは、当時の常識でした。
 「行簡を夢む」の詩は地方勤務の許可を待つ間の一首でしょう。
 白居易は家の近くをぶらぶらしているとき、謝霊運しゃれいうんの「池塘 春草を生ず」という有名な一句を思い出しました。
 謝霊運が弟の夢をみただけでこの句を得たという話から、白居易は「虚しく春窓に臥して 阿憐を夢む」という詩句を書いたのです。
 「阿憐」は白居易の弟白行簡はくこうかんの幼名で、白行簡はこのとき都にいて、尚書省刑部の司門員外郎(従六品上)になっていました。


呉中好風景二首其一 呉中好風景 二首 其の一 白居易
呉中好風景     呉中ごちゅう 風景好
八月如三月     八月も三月の如し
水荇葉仍香     水荇すいこう 葉 仍お香かんばしく
木蓮花未歇     木蓮もくれん 花 未いまだ歇きず
海天微雨散     海天かいてん 微雨びう散じ
江郭繊埃滅     江郭こうかく 繊埃せんあいめつ
暑退衣服乾     暑さ退しりぞきて衣服乾き
潮生船舫活     潮うしお生じて船舫せんぼうかつ
両衙漸多暇     両衙りょうが 漸く暇いとま多く
亭午初無熱     亭午ていご 初めて熱きこと無し
騎吏語使君     騎吏きり 使君しくんに語る
正是遊時節     正まさに是れ遊時ゆうじの節せつなりと
呉の風景は うるわしく
秋八月でも 春三月のようだ
水あさざの葉は まだ香ばしく
木蓮の花は 散りつくさない
空が晴れて 湖上に雨が止むと
岸辺の街は こまかい塵も立たなくなる
暑さは和らいで 衣服は乾き
水は満ちて 船の動きも活発になる
朝夕の刺史の仕事も ようやく暇になり
正午でも 暑くなくなった
乗馬の係が 私に言ってくる
遊ぶには ちょうど良い季節ですよと

 白居易の地方勤務願いは三月に聴き届けられ、蘇州刺史に任じられます。半年間の洛陽生活でした。
 白居易は三月二十九日に東都を出て、五月五日に蘇州に着きます。
 蘇州は杭州よりは遥かに古い大都会で、刺史の仕事も予想よりは多忙でした。しかも江南の夏は相当に暑く、暑さと忙しさのために疲れて、白居易は六月には十五日間の病気賜暇を願い出たほどです。しかし、八月になると暑さも和らぎ、仕事にも慣れてきて遊ぶ余裕も出てきます。題中の「呉中」ごちゅうは蘇州のことで、春秋呉のときの都の名前で呼んだものです。
 白居易は太湖に近い蘇州が住みよい街であることを讃えるのでした。

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