重題 四首 其三    重ねて題す 四首 其の三  白居易
   日高睡足猶慵起  日高く睡ねむり足るも猶お起くるに慵ものう
   小閤重衾不怕寒  小閤しょうこうに衾ふすまを重ねて 寒さを怕おそれず
   遺愛寺鐘敧枕聴  遺愛寺の鐘は枕を敧そばだてて聴き
   香鑪峰雪撥簾看  香鑪峰の雪は簾すだれを撥かかげて看る
   匡廬便是逃名地  匡廬きょうろは便すなわち是れ名を逃るるの地
   司馬仍為送老官  司馬は仍お老ろうを送るの官たり
   心泰身寧是帰処  心は泰やすく身も寧やすらかなるは是れ帰する処
   故郷何独在長安  故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
日は昇り充分眠ったが 起きるのはものうい
小部屋に重ね布団でいれば 寒さもこわくない
遺愛寺の鐘は 枕をそばだてて聴き
香炉峰の雪は 簾をかかげて看る
廬山は 名利を避けて住むにふさわしく
司馬は 老後に適した官職だ
安住の地は 心身やすらかに過ごせる処
長安だけが 終ついの住処とは限るまい

 この詩も草堂の東壁に書きつけられたものですが、詩題に「重題」とあるのは同じ題で詠むという意味で、前の詩につづけて七言律詩四首を書きつらねたわけです。其の三の詩の頷聯は、清少納言の『枕草子』に引用されたことで、日本では平安時代からすこぶる有名です。しかし、この詩の眼目は頚聯の「匡廬は便ち是れ名を逃るるの地 司馬は仍お老を送るの官たり」の二句にあり、いまの自分の境遇に安心立命を求めようとしています。
 結びでは「故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや」と言っていますが、それが強がりであることは後にわかります。


 大林寺桃花       大林寺の桃花   白居易
   人間四月芳菲尽   人間じんかん 四月 芳菲ほうひ尽き
   山寺桃花始盛開   山寺さんじの桃花とうか 始めて盛んに開く
   長恨春帰無覓処   長つねに恨む 春帰って覓もとむる処ところ無きを
   不知転入此中来   知らず 転じて此の中に入り来たらんとは
世間では 四月に花が散ってしまうが
山の寺では いまが桃の花ざかりである
春が去って 探してもないのを恨んでいたが
場所を変え この寺に来ているとは知らなかった

 草堂の落成式のあと、白居易は同行者十七人と香炉峰に登り、山頂にあった大林寺を訪れています。
 山上に、いまを盛りと桃の花が咲いているのをみて、桃の花は下界からこんなところに移ってきていたのかと、自然の妙に驚いてみせます。
 一行はその夜、大林寺に宿泊しました。

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