九江春望       九江の春望    白居易
  淼茫積水非吾土  淼茫びょうぼうたる積水せきすい 吾が土に非ず
  飄泊浮萍是我身  飄泊ひょうはくたる浮萍ふひょうれ我が身
  身外信縁為活計  身外しんがい 縁に信まかせて活計を為
  眼前随事覓交親  眼前がんぜん 事に随って交親こうしんを覓もと
  爐煙豈異終南色  爐煙ろえんは豈に終南しゅうなんの色に異ならんや
  湓草寧殊渭北春  湓草は寧いずくんぞ渭北いほくの春に殊ことならんや
  此地何妨便終老  此の地 何ぞ妨さまたげん 便すなわち老いを終うるを
  譬如元是九江人  譬たとうれば 元もと是れ九江の人の如し
茫洋と広がる大河の流れ わが故郷にあらず
水にただよう浮き草こそ わが身の上だ
世間のことは めぐり合わせでなんとか生計を立て
当面のことは なりゆきに任せて付き合っていこう
香鑪峰の靄の色は 終南山と違いはなく
湓水の岸辺の草は 渭水の春と変わりない
この地で老いるのも 悪くはないだろう
もともとが 九江の生まれのようなものだから

 江州で二度目の春を過ごし、香鑪峰の麓を歩きまわっていると、廬山を囲む江州全体の自然がなんとなく身近なものに感じられてくるのでした。
 白居易は廬山や湓水の流れに長安の終南山や渭水の流れを感じ、江州が自分の故郷のような気がしてくるのでした。


   香鑪峰下新卜山居草堂初成偶題東壁 白居易
    香鑪峰の下 新たに山居を卜し草堂初めて成り 偶々東壁に題す

   五架三間新草堂   五架ごか三間さんげんの新草堂
   石階桂柱竹編牆   石階せきかい桂柱 竹編ちくへんの牆しょう
   南簷納日冬天暖   南簷なんえん日を納れて 冬天とうてんも暖かに
   北戸迎風夏月涼   北戸ほくこ風を迎えて 夏月かげつも涼し
   灑砌飛泉纔有点   砌いしだたみに灑そそぐ飛泉は 纔わずかに点有り
   払窓斜竹不成行   窓を払う斜竹しゃちくは 行こうを成さず
   来春更葺東廂屋   来春らいしゅん 更に東廂の屋やねを葺
   紙閤蘆簾著孟光   紙閤しこう蘆簾ろれん 孟光もうこうを著けん
奥ゆき五間 間口三間の新しい草堂だ
石のきざはし 木犀の柱 垣根は竹で編んでいる
南の軒端から陽が射し 冬の日も暖かく
北の戸口から風が入り 夏の日も涼しい
泉の飛沫は 点々と石だたみを濡らし
窓辺の竹は 斜めに生えて不揃いである
来年春には 東の棟の屋根を葺き
紙の障子に芦簾あしみすを垂れ 細君の部屋としよう

 草堂は三月二十七日にできあがり、四月九日に朋友二十二人を招いて落成の祝いをしました。「五架三間」の草堂といいますので、小さな堂です。
 家具もほとんど置いてありませんが、冬は南からの陽が暖かく、夏は北の戸口からの風が涼しい簡素なつくりでした。
 詩は草堂の東の壁に書きつけたもので、尾聯によると主堂の東に「東廂」とうしょうを増築する計画があったようです。
 「孟光」は後漢の梁鴻りょうこうの妻で、不美人で有名でした。
 だから白居易はおどけて愚妻の部屋にしようと言っているわけです。

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