病中哭金鑾子    病中 金鑾子を哭す   白居易
豈料吾方病    豈に料はからんや 吾われまさに病むに
翻悲汝不全    (かえ)って (なんじ)が全からざるを悲しまんとは
臥驚従枕上    臥して驚くは 枕上ちんじょうよりし
扶哭就燈前    扶たすけられ 哭こくして燈前とうぜんに就
有女誠為累    女むすめ有れば 誠に累わずらいと為すも
無児豈免憐    児無きもの 豈に憐れみを免まぬがれんや
思いがけなく 私が病気をしているときに
逆におまえの 死を悲しむことになろうとは
寝ていた私は 驚いて起き上がり
人の助けを借りて 燈前に哭す
女の子を持つのは 面倒が多いというが
男の子のいない者には ひとしお可愛いものである

 季節はずれの雪が降った年の四月、母陳氏が宜平里ぎへいりの家で亡くなりました。宜平里の家は新昌坊の西隣りの坊で、白居易は母親とは同居せずに隣防に住まわせ、二人の雇い女に世話をさせていました。
 陳氏は五十七歳でしたが、しばらく前から狂気の発作に襲われるようになっており、井戸に落ちて死んだともいいます。
 事故とも言え、また自殺とも言える死に方です。
 母親の異常な死は、白居易の官吏としての立場を著しく不利にし、白居易はすべての官職を辞して、郷里の渭村下邽いそんかけいに退去しました。
 下邽に行ってほどないころ、喪中の白居易は疾の床についていましたが、そのとき思いがけないことが起こりました。
 ひとり娘の金鑾が病で急死したのです。
 白居易は母親の死についてはほとんど語ることがありませんが、娘の死については五言十六句の詩を残しています。
 はじめの六句は序章ですが、白居易には男児がなく、金鑾は唯一の児でしたので、跡継ぎの孫を産む子として大切にし、可愛がっていたのです。

病来纔十日     病みて来り 纔わずかに十日
養得已三年     養い得ること 已に三年
慈涙随声迸     慈涙じるい 声に随って迸ほとばし
悲腸遇物牽     悲腸ひちょう 物に遇うて牽かる
故衣猶架上     故衣こいは 猶お架上かじょう
残薬尚頭辺     残薬ざんやくは 尚お頭辺とうへん
送出深村巷     送って 深き村巷そんこうを出
看封小墓田     小墓田しょうぼでんに封ぜらるるを看
莫言三里地     言う莫かれ 三里の地と
此別是終天     此の別れは 是れ終天しゅうてんなり
病気になって たったの十日
育てて三年になるというのに
慈愛の涙が 声と共にほとばしり
形見の品に 断腸の思いがする
着ていた衣服は 衣桁にかかり
残りの薬は 枕元に置いてある
野辺の送りに 草深い村を出て
小さな墓地に 埋めるのを見る
家から三里のところと言うなかれ
此の別れは 永遠の別れなのだ

 金鑾はまだ三歳の可愛い盛りでした。それがたった十日ほどの病気で死んでしまいました。白居易の悲しみは深かったと思います。着ていた衣裳はまだ衣桁にかかっており、残りの薬はまだ枕元に置いてあります。
 具体的な物が悲しみをいっそう駆り立てるのです。村の郊外の小さな墓地に埋葬するのですが、そこは家から三里(一六八〇㍍)ほどのところです。
 しかし、娘は永遠の彼方に逝ってしまったのだと、白居易は嘆きます。

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