春雪          春雪   白居易
元和歳在卯     元和げんなさいに在り
六月春二月     六月春二月にげつ
月晦寒食天     月晦げつかい 寒食かんしょくの天
天陰夜飛雪     天てんくもって夜よる雪を飛ばす
連宵復竟日     連宵れんしょうた竟日きょうじつ
浩浩殊未歇     浩浩こうこうとして殊ことに未だ歇まず
大似落鵝毛     大は鵝毛がもうを落とすに似て
密如飄玉屑     密みつは玉屑ぎょくせつを飄ひるがえすが如し
寒銷春茫蒼     寒かんえて 春茫蒼ぼうそうたり
気変風凛冽     気変じて 風凛冽りんれつたり
元和の卯歳
六年春二月の末
寒食節のころに
空は曇って 夜 雪が降る
連夜 終日 季節はずれの雪
激しく降って いまだ止まない
大きい雪は 鵝毛が落ちてくるように降り
小粒の雪は 玉の屑を散らすようだ
暖かい冬は たちまちに消え去り
気候は変じて 風は厳しく吹きつのる

 元和六年(八一一)の春、白居易は四十歳になりました。
 この年の二月の末に季節はずれの大雪が降りました。
 はじめの十句は序章で、まず年月を記し、風雪の模様を描きます。
 白居易が詩に年月や年齢を書き込むのはひとつの特色で、通俗的な感じがしないでもありませんが、読む者にはわかりやすく、後世の者が作品の編年をするのには大いに役立ちます。

上林草尽没     上林じょうりん 草 尽ことごとく没し
曲江氷復結     曲江きょくこうひょうた結ぶ
紅乾杏花死     紅こう乾いて 杏花きょうか
緑凍楊枝折     緑りょく凍りて 楊枝ようし折る
所憐物性傷     憐あわれむ所 物性ぶつせいの傷きずつくを
非惜年芳絶     年芳ねんぽうの絶ゆるを惜しむに非あら
上天有時令     上天じょうてん 時令じれい有り
四序平分別     四序しじょ 平らかに分別す
寒燠苟反常     寒燠かんいくいやしくも常に反すれば
物性皆夭閼     物性ぶつせい 皆な夭閼ようあつ
上林園の草は ことごとく枯れ
曲江の池は また凍りつく
杏の紅花は 枯れて落ち
緑の葉は凍り 柳の枝は折れ曲がる
万物の傷つくことに 心を傷め
春の花が散るのを惜しみはしない
天には きまった時節があって
四季は 平等に配されている
だから 寒暖が狂ってしまえば
万物は みな本性が損なわれる

 こうした天候異変に逢っても、白居易は天の配剤に思いを致します。
 天候異変のために万物が傷つくことに心を傷め、春の花が散るのを惜しみません。「上天 時令有り 四序 平らかに分別す」るのが天の配剤ですが、寒暖が狂ってしまえば、万物はみな本性が損なわれると嘆きます。

我観聖人意     我 聖人の意を観るに
魯史有其説     魯史ろし 其の説有り
或記水不冰     或は水の冰こおらざるを記し
或書霜不殺     或は霜の殺からさざるを書す
上将儆政教     上は将って政教を儆いまし
下以防災孽     下は以って災孽さいげつを防ぐ
玆雪今如何     玆の雪 今いま如何いかん
信美非時節     信まことに美なれども時節に非ず
孔子の意図をひもとけば
魯史春秋に説くところあり
氷の張らなかったことや
霜が草木を枯らさなかったのを記している
上は政事文教の不都合をいましめ
下は災害の生ずるのを防ぐ
ところで 今年の雪はどうであろうか
景色はまことに美しいが 時節に合わない

 白居易は孔子の『春秋』をひもといて、天変地異が天の諌めであることを述べます。このころ一時中央を離れていた李吉甫りきちほが再び宰相に任ぜられて長安にもどってきました。貴門の李吉甫は寒門出の知識人を嫌っており、進士に及第して高官になっていた知識人は左遷されました。
 このことは白居易の政事的立場にも厳しさが増したことを意味します。
 季節はずれの雪は、そうした政事環境の変化の象徴のように見えたのかもしれません。「玆の雪 今如何 信に美なれども時節に非ず」とやんわり結んでいるところは、まだ諷諭詩の精神が生きていることを示しているようです。

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