寄江南兄弟     江南の兄弟に寄す 白居易
分散骨肉恋     分散ぶんさんして骨肉こつにくを恋い
趨馳名利牽     趨馳すうちして名利めいりに牽かる
一奔塵埃馬     一は塵埃の馬を奔はしらせ
一汎風波船     一は風波の船に汎かぶ
忽憶分首時     忽たちまち憶う 首こうべを分かちし時
憫黙秋風前     憫黙びんもくたり 秋風しゅうふうの前
別来朝復夕     別れて来り 朝あさた夕べ
積日成七年     日を積んで七年に成る
離ればなれになって肉親を慕い
名利にひかれて駆けまわる
片や 塵埃の中で馬を走らせ
片や 風波の上に船を浮かべる
思えば 別れに際して悲しみで
言葉を失い 秋風に吹かれていた
別れて以来 朝が来れば夕べとなり
月日は過ぎて 七年になる

 この年の夏、都では集賢院の再編が行われており、秋になって白居易は集賢院校理を兼務させられました。また京兆府の府試の試官に任命され、試験問題の作成に従事しています。
 身辺に忙しさが増してくるなか、白居易は一家の現状に思いをはせます。
 詩中の「日を積んで七年に成る」の積日七年については幾つかの説があります。白居易は貞元十六年(八〇〇)に進士に及第していますので、それから七年後は元和二年(八〇七)になると考える説によりました。

花落城中地     花は落つ 城中じょうちゅうの地
春深江上天     春は深し 江上こうじょうの天
登楼東南望     楼ろうに登りて東南を望めば
鳥滅煙蒼然     鳥滅めつして 煙 蒼然そうぜんたり
相去復幾許     相去ること復た幾許いくばく
道里近三千     道里どうり 三千に近し
平地猶難見     平地すら 猶お見難し
況乃隔山川     況いわんや 乃すなわち山川さんせんを隔つるをや
長安の街に 花が散り
長江の空に 春は深まる
高楼に登って 東南を望むと
鳥の姿は消え 薄暗い靄が漂っている
横たわる距離はどれだけか
道はおよそ三千里
平地でさえも 見分けにくいのに
幾山川を越えてゆくのだ

 この詩を書いた動機には、江南の不安定な状況があったかもしれません。
 「鳥滅して 煙 蒼然たり」には比喩の厳しさを感じさせるものがあり、江南にただよいはじめた暗雲をさしているのかもしれません。
 この年の冬十月、憲宗は入朝の約束を果たさなかった鎮海節度使李リりきの討伐を命じ、朝廷に服さない藩鎮の討伐に乗り出しました。
 李リは部下に捕らえられて長安に護送され、十一月一日に腰斬の刑に処せられました。鎮海節度使の使府は丹徒(江蘇省鎮江市)にあり、憲宗は物産の豊かな江南の要地を確保したのです。

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