県西郊秋寄贈馬造  県の西郊の秋 馬造に寄贈す 白居易
紫閣峰西清渭東  紫閣峰しかくほうの西 清渭せいいの東
野煙深処夕陽中  野煙やえん深き処 夕陽せきようの中うち
風荷老葉蕭条緑  風荷ふうかの老葉 蕭条しょうじょうとして緑に
水蓼残花寂寞紅  水蓼すいりょうの残花 寂寞せきばくとして紅なり
我厭宦遊君失意  我は宦遊かんゆうを厭いとい 君は失意
可憐秋思両心同  憐れむ可し 秋思しゅうし両心りょうしん同じ
紫閣峰の西 清らかな渭水の東
夕陽の中で 靄は深く立ちこめる
蓮の枯れ葉は風に揺れ 残る緑はものさびしく
散り残る水蓼の花の紅 水に淋しく映えている
私は地方の勤めを嫌い 君は望みを果たせぬまま
哀れにもふたり同じく 秋の愁いをかこつとは

 時代は着実に進みはじめていますが、チュウ庢県の県尉である白居易に、国の大きな政事は関係ありません。秋になって白居易は、馬造ばぞうという不遇の知識人と知り合いになり、詩のやり取りをしています。
 詩中の「紫閣峰」は長安の西、陝西省鄠県の東南にある秀峰です。
 七言六句の詩のうち、はじめの四句はチュウ庢県西郊の秋景色を詠うものですが、最後の二句で「我は宦遊を厭い 君は失意」と同病相憐れむ心を詠っています。
 「宦遊」とは地方勤めのことで、白居易は中央で働きたかったのです。


 送王十八帰山寄題仙遊寺
            王十八の山に帰るを送り仙遊寺に寄題す 白居易
   曾於太白峰前住   曾かつて太白峰前たいはくほうぜんに於いて住み
   数到仙遊寺裏来   数々しばしば仙遊寺裏ゆうせんじりに到りて来たる
   黒水澄時潭底出   黒水こくすい澄む時 潭底たんてい出で
   白雲破処洞門開   白雲はくうん破るる処 洞門どうもん開く
   林間煖酒焼紅葉   林間りんかんに酒を煖あたためて紅葉こうようを焼き
   石上題詩掃緑苔   石上せきじょうに詩を題して緑苔りょくたいを掃はら
   惆悵旧遊無復到   惆悵ちゅうちょうす 旧遊 復た到ること無きを
   菊花時節羨君迴   菊花の時節 君が迴かえるを羨うらや

かつて太白峰の麓に住み
しばしば仙遊寺を訪れた
黒水の流れが澄めば 淵の底までみえ
白雲のとぎれた所に 洞門が開いている
林に中で 落ち葉を燃やして酒を暖め
石の上の 苔を払って詩を書いた
懐かしい地に また行けないのは悲しいが
菊花の季節 故郷に帰る君がうらやましい

 冬になると王全素おうぜんそ(字は質夫)という気の合う友人ができて、県城近くの山中にある仙遊寺に一緒に出かけるようになりました。
 王全素は瑯琊ろうやの王氏と呼ばれる古い名門の出で、このときチュウ庢県にいたようです。掲げた詩は、このときから三年後の「菊花の時節」に王全素が故郷に帰ることになったときの作で、往時の交遊を懐かしんで送別の詩を贈ったものです。
 詩題にある「山」は故郷の山、つまり王全素の故郷を意味します。

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