漫 成         漫 成    杜 甫
   江月去人只数尺  江月こうげつ 人を去ること只だ数尺
   風灯照夜欲三更  風灯(ふうとう) 夜を照らして三更(さんこう)ならんと欲す
   沙頭宿鷺聯拳静  沙頭さとうの宿鷺しゅくろは聯拳れんけんとして静かに
   船尾跳魚撥剌鳴  船尾せんびの跳魚ちょうぎょは撥剌として鳴る
江上にうつる月は 数尺の近くにあり
風に揺れる灯火は 闇を照らして真夜中に近い
砂浜でねむる鷺は 拳こぶしを並べたように動かず
船尾で魚が 元気に跳ねる音がした

 杜甫は意気軒昂でしたが、夏から秋へかけての四か月間の旅は、五十四歳の杜甫の健康を害しました。風痺ふうひ(関節炎)が悪化して、息子の肩を借りたうえ杖を使わなければ歩行もままならない状態になりました。
 見かねた雲安の厳県令が河岸に適当な住居を提供してくれましたので、杜甫は雲安に滞在して、しばらく療養することにしました。
 詩題の「漫成」まんせいというのは、何となくできた詩という意味で、夜中に眠れずにひとり舟中に坐してあたりの夜景を詠んだ詩です。
 叙景の詩のようにみえますが、深い孤独の感情がうかがわれます。
 家族のいる住居を離れて、ひとり舟中で思いにふけっているときの詩でしょう。風痺の回復には意外と時間がかかり、加えて冬にさしかかる季節でしたので、雲安滞在は半年に及びました。


移居夔州作     居を夔州に移さんとして作る 杜 甫
伏枕雲安県     枕に伏す雲安県
遷居白帝城     居きょを遷うつす白帝城はくていじょう
春知催柳別     春は知る 柳を催もよおして別れしむるを
江與放船清     江は放船ほうせんの与ために清し
農事聞人説     農事のうじ 人の説くを聞く
山光見鳥情     山光さんこう 鳥情ちょうじょうを見る
禹功饒断石     禹功うこう 断石だんせきおお
且就土微平     且しばらく就かむ土の微平びへいなるに
雲安県では 病に臥していたが
白帝城に 居を移そうと思う
柳は芽吹いて 春の別れをうながし
船出のために 川は澄んで流れている
夔州では農事ができると人はいい
山の緑は美しく鳥も楽しげに鳴くという
禹の工事で このあたりは断崖が多い
いくらか平地のあるところへ行こうと思う

 大暦元年(七六六)の春になると、風痺もいくらか回復してきたので、春の終わりに杜甫は夔州(きしゅう)(四川省奉節県の東)に移ることにしました。
 夔州のことを「白帝城」と言っているのは、夔州には有名な白帝城があったからです。雲安滞在が思ったより長びいたので、杜甫は経済的に困窮していました。夔州では「農事 人の説くを聞く」と言っているのは、夔州なら平地もあるし、農業もできると雲安の人が教えてくれたからでしょう。
 杜甫は農耕をしてでも一家の食糧を得る必要に迫られていました。

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