絶句 二首 其一    絶句 二首 其の一  杜 甫
遅日江山麗     遅日ちじつ 江山こうざんうるわしく
春風花草香     春風しゅんぷう 花草かそうかんば
泥融飛燕子     泥どろけて燕子えんし飛び
沙暖睡鴛鴦     沙暖かにして鴛鴦えんおうねむ
ゆったりとした春の日 山や川は美しく照り映え
吹きわたる春風に 草花はかぐわしく匂い立つ
やわらいだ泥を啄ばみ 燕は飛んで巣づくりにはげみ
ひだまりの砂の川原に つがいの鴛鴦が眠っている

 草堂にもどってきて、さっそくやらなければならないのは、荒れた草堂の修復です。杜甫はしばらく雑事に追われたと思いますが、それも春のうちに一応の片がつきました。
 杜甫の五言絶句は珍しいものですが、其一の詩では、杜甫一家に穏やかな春の日がもどてきたことが、細やかな観察の目で描かれています。


絶句 二首 其二   絶句 二首 其の二  杜 甫
江碧鳥逾白    江こうみどりにして 鳥逾々いよいよ白く
山青花欲然    山青くして 花然えんと欲ほっ
今春看又過    今の春も 看々みすみす又た過ぐ
何日是帰年    何いずれの日か 是れ帰年きねんならん
流れは碧く澄んで 鳥は白く冴えわたり
緑の山に 花は燃え出るように咲いている
この春も みるみるうちに過ぎてゆき
帰郷の時は いつになったらやってくるのか

 其の二の詩は、杜甫の五言絶句の名作とされているものです。
 起承句の対句は、名対句として人口に膾炙しています。
 転結句では、杜甫が帰郷への思いを捨て切れずにいることが窺われます。


   登 楼          登 楼      杜 甫
   花近高楼傷客心   花は高楼こうろうに近くして客心を傷いたましむ
   万方多難此登臨   万方ばんぽう 多難 此ここに登臨とうりん
   錦江春色来天地   錦江きんこうの春色しゅんしょく 天地に来たり
   玉塁浮雲変古今   玉塁ぎょくるいの浮雲ふうん 古今に変ず
   北極朝廷終不改   北極の朝廷 終ついに改めず
   西山寇盗莫相侵   西山の寇盗こうとう 相侵あいおかすこと莫なか
   可憐後主還祠廟   憐む可し 後主こうしゅも還た廟に祠まつらる
   日暮聊為梁甫吟   日暮にちぼ 聊か為す 梁甫りょうほの吟
花は高楼の近くで咲き乱れ 旅人を悲しませる
四方八方 戦乱のなか ここに登臨する
錦江に春の気配が満ち 天地にもゆきわたる
玉塁山にかかる浮雲は 昔も今も姿を変える
北極星のような朝廷は 姿を変えることはなく
西の山に迫る賊たちよ わが国への侵入はやめたまえ
心を打たれるのは 後主劉禅も廟に祀られていることだ
日が暮れて 孔明の愛唱歌「梁甫の吟」を口ずさむ

 春三月、杜甫は一年三か月振りに浣花渓の草堂にもどってきました。
 詩中に「登臨」とあるのは高いところに登って、その地を見渡すことです。
 単なる観光ではなく、久しぶりに還ってきた成都の街への挨拶の気持ちもあるでしょう。高楼に立って杜甫は思います。
 安史の乱は終息しても、こんどは西からの吐蕃の侵入が激しく、春の花が咲き乱れているのを眺めても心は楽しみません。
 吐蕃の兵は成都西北の玉塁山の近くまで出没するようになっています。
 それでも後半では、杜甫は気持ちを切りかえて、唐朝への信頼と侵入者への警告を詠います。孔明の愛唱歌「梁甫の吟」を口ずさむのは、劉備の死後、孔明が後主劉禅を盛り立てて国を守ったことを讃えるためでしょう。

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