恨 別         別れを恨む   杜 甫
洛城一別四千里  洛城らくじょう 一別いちべつ 四千里
胡騎長駆五六年  胡騎こき 長駆ちょうくす 五六年
草木変衰行剣外  草木そうもく 変衰へんすいして剣外けんがいに行き
兵戈阻絶老江辺  兵戈へいか 阻絶そぜつして江辺こうへんに老ゆ
思家歩月清宵立  家を思い月に歩して清宵せいしょうに立ち
憶弟看雲白日眠  弟を憶い雲を看て白日はくじつに眠る
聞道河陽近乗勝  聞道きくならく 河陽かよう 近ごろ勝に乗ずと
司徒急為破幽燕  司徒しとよ 急に為ために幽燕ゆうえんを破れ
洛陽の城と別れて四千里
胡騎が侵入してから五六年になる
剣門外に逃れきて 草木も衰える季節となり
兵乱に道を断たれ 川の岸辺で老いている
家を想って月夜を歩き 宵闇に立ちつくし
弟を思っては雲を眺め 真昼の夢をみる
聞けば官軍は 河陽で勝利を占めたとか
司徒よ どうか急いで幽州・燕州を破ってくれ

 このとしの四月、朔方節度使李光弼りこうひつが史思明軍を河陽(河南省孟県)で破りました。河陽は杜甫の生地鞏県きょうけんに近く、黄河を渡った対岸にあります。秋になって、その報せが杜甫の耳に届いたのでしょう。
 官軍勝利の報せは、杜甫に望郷の想いをつのらせます。「司徒」というのは李光弼の名誉的な称号をいい、将軍よ、はやく幽州、燕州(共に北京地方)まで攻め込んで賊を亡ぼしてくれと、戦乱の終結を祈るのです。


   客 至          客至る       杜 甫
   舎南舎北皆春水  舎南しゃなん 舎北しゃほく 皆 春水しゅんすい
   但見群鷗日日来  但だ見る 群鷗ぐんおうの日日にちにち来たるを
   花径不曾縁客掃  花径かけいかつて客に縁って掃はらわず
   蓬門今始為君開  蓬門ほうもん 今 始めて君が為に開く
   盤飱市遠無兼味  盤飱ばんそん 市 遠くして兼味けんみ無く
   樽酒家貧只旧醅  樽酒そんしゅ 家 貧にして只だ旧醅きゅうばいあり
   肯与隣翁相対飲  肯あえて隣翁りんおうと相あい対して飲まんや
   隔籬呼取尽余杯  (まがき)を隔てて呼び取りて 余杯(よはい)を尽さしめん
草堂の南も北も 豊かな春の水
目に入るものは 日ごとにやってくる鷗たち
花散る小径も 客が来るからといっても掃除せず
粗末な蓬門も あなたのために初めて開く
大皿の料理は 市場が遠いのでありきたりの品
家が貧しくて 樽には古い酒があるだけです
隣家の老人と いっしょに飲んでみませんか
垣根越しに呼び寄せて 残りの酒を平らげてもらう

 杜甫は兵乱の終結を祈りながら、成都での一年を終えました。
 上元二年(七六一)に杜甫は五十歳になります。
 掲げた詩は春の作ですから、草堂二年目の春でしょう。
 このとき訪れた客は、崔明府(県令)であったようです。
 依然として貧しさに変わりはありませんが、杜甫は詩中で隠者めいた生活を強調しています。それは皿の料理が粗末であることや、酒樽の中身が古い酒であることの言いわけでもあるでしょう。
 尾聯の二句で「隣翁」を呼びましょうと言っているのは、陶淵明の生活を踏まえるもので、最近は陶淵明のように隣り近所の老人とも仲よく飲んでいますと、笑って客に告げているのです。

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