江 村         江 村      杜 甫
   清江一曲抱村流  清江せいこう 一曲いっきょく 村を抱いだいて流る
   長夏江村事事幽  長夏ちょうか 江村 事事じじしずかなり
   自去自来堂上燕  自おのずから去り自ら来たる 堂上どうじょうの燕
   相親相近水中鷗  相あい親しみ相近づく 水中すいちゅうの鷗
   老妻画紙為棊局  老妻は紙に画えがきて棊局ききょくを為つく
   稚子敲針作釣鈎  稚子ちしは針を敲たたきて釣鈎ちょうこうを作る
   但有故人供禄米  但だ故人こじんの禄米ろくまいを供する有らば
   微軀此外更何求  微軀びく 此の外ほかに更に何をか求めん
清らかな川が一筋 村をめぐって流れ
夏の日はながく 水辺の村は静かである
屋敷の燕は 思うがままに出入りし
水上の鷗は 馴れて近くへ泳いでくる
老妻は 紙に描いて碁盤をつくり
童児は 針を敲いて釣り針をつくる
食べ物を供してくれる友がいれば
微軀つまらぬこのみ ほかに希みはありません

 やがて浣花渓に夏がやってきました。
 この時期、つまり杜甫四九歳の上元元年(七六〇)初春から上元二年(七六一)春のおわりまでの一年三か月ほどは、杜甫の生涯のなかで一番平穏な時期です。
 生活は依然として貧しいのですが、浣花渓の草堂でのどかな時間を過ごしながら、「但だ故人の禄米を供する有らば 微軀 此の外に更に何をか求めん」と、友人たちの好意に感謝しながら、つつましい生活を送っていました。


  有 客         客有り      杜 甫
患気経時久     気を患わずらいて時を経ること久しく
臨江卜宅新     江に臨みて宅たくを卜ぼくすること新たなり
喧卑方避俗     喧卑けんぴまさに俗を避け
疎快頗宜人     疎快そかいすこぶる人に宜よろ
有客過茅宇     客有りて茅宇ぼううを過ぐ
呼児正葛巾     児を呼びて葛巾かつきんを正さしむ
自鋤稀菜甲     自ら鋤けば菜甲さいこう稀なり
小摘為情親     小すこしく摘むは情親じょうしんの為なり
ながいこと 喘息を患っていたが
こんど川のほとりに 家を構えた
騒々しい俗世間から離れた場所で
ゆったりした感じが気に入っている
そんな茅屋にも たまには客があり
子供を呼んで 頭巾のゆがみを直させる
自家製だから 不揃いの野菜だが
摘んで出すのは 気のおけない客であるからだ

 閑雅な日々ですが、ときには草堂を訪ねてくる友人もいます。
 「患気」は喘息ぜんそくのことで、杜甫の持病でした。客があれば「児を呼びて葛巾を正さしむ」ところが、杜甫らしい礼儀正しさです。
 敷地の一部を耕して野菜を作っていましたが、素人が作ったものだから出来は悪いですがと言いながら客に出すのでした。

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