秋日阮隠者致薤三十束 秋日 阮隠者 薤三十束を致す 杜 甫
隠者柴門内     隠者 柴門さいもんの内
畦蔬遶舎秋     畦蔬けいそしゃを遶めぐりて秋なり
盈筐承露薤     盈筐えいきょう 露薤ろかいを承
不待致書求     書を致いたして求むるを待たず
束比青芻色     束そくは比す 青芻せいすうの色
円斉玉莇頭     円は斉ひとし 玉莇ぎょくちょの頭とう
衰年関鬲冷     衰年すいねん 関鬲かんかく冷やかなり
味暖併無憂     味暖みだんあわせて憂い無し
隠者阮肪の 柴門の内では
秋の野菜が 家のまわりで色づいている
籠に一杯の 露に濡れた薤をもらったが
呉れと言ったからではなく 向こうから下さったのだ
薤の束は 秣のように青く
球根は 玉の箸の頭のように丸い
老衰の年になり 体の節々は冷え気味だが
食べる楽しみと温薬効果で 二つとも心配がなくなった

 秦州へ行けば、なんとか生活していけるのではないかと、杜甫は漠然とした期待を持っていたようです。しかし、期待は実現しそうにありません。
 生活が苦しくなるなか、阮肪げんぼうという隠者から薤にらをもらいました。
 阮肪は隠者といっても家を構え、家のまわりには菜園があり、野菜を植えていたようです。杜甫は阮肪の好意に感謝して丁寧な詩を贈っています。
 三十束の薤がとても有り難かったのでしょう。


 空 囊          空 囊      杜 甫
翠柏苦猶食     翠柏すいはくにがきも猶お食らい
明霞高可餐     明霞めいか 高きも餐くらう可
世人共鹵莽     世人せじん 共に鹵莽ろもう
吾道属艱難     吾が道 艱難かんなんに属す
不爨井晨凍     爨かしがざれば 井せいあしたに凍こお
無衣牀夜寒     衣ころも無ければ 牀しょうよる寒し
囊空恐羞澁     (のう)(むな)しくば 恐らくは羞澁(しゅうじゅう)せん
留得一銭看     一銭を留とどめ得て看
青い柏の実は 苦いけれども食べ
朝霞は 高いところにあるが食べられるらしい
いまの世の人は みんないい加減に暮らしている
だから私の道も 艱難に満ちている
炊事も出来ないので 井戸は朝から凍り
着る物もないので 寝台にいても夜は寒い
財布も空っぽでは 人前で恥ずかしいだろう
だから私は 一枚の小銭を残して見守っている

 西枝村に草堂を営む希望も夢物語におわり、杜甫の生活はますます苦しくなるばかりです。財布も空っぽに近い状態になります。
 「空囊」くうのうというには空っぽの財布の意味です。
 杜甫は仕官の当てもなくなり、自分には詩を作る道しか残されていないのかと、諦めの境地もきざしてきます。
 四句目の「吾が道」をどのように解釈するのか、普通は自分の行く末と解するのでしょうが、杜甫がこの時点で詩人として生きる道を「吾が道」として意識しはじめたという解釈もあります。
 詩人といっても現代の感覚とは違います。当時は官吏になって国家に尽くすことが知識人の正道であり、詩作は余技に過ぎなかったのです。だから詩人になるということは、脱落者になるという感じを含むことになります。
 冬が近いというのに冬着の準備もできていません。
 財布の中身も空っぽですが、杜甫はそれでは財布が恥ずかしいだろうからと、小銭一枚だけを残して眺めていると、わざとおどけて詠っています。
 そこがかえって、哀れに思われるのです。

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