促 織         促 織    杜 甫
促織甚微細     促織そくしょくはなはだ微細
哀音何動人     哀音あいおん 何ぞ人を動かす
草根吟不穏     草根そうこんぎん 穏かならず
牀下意相親     牀下しょうかあい親しむ
久客得無涙     久客きゅうかく 涙 無きを得んや
故妻難及晨     故妻こさいあしたに及び難し
悲糸与急管     悲糸ひしと急管きゅうかん
感激異天真     感激は天真てんしんに異ことなる
蟋蟀は 小さな虫だが
哀しい鳴き声が 私の心を揺り動かす
草の根元で鳴くときは 落ちつきがなく
寝台の下で鳴くときは 親しみを感じる
ながい旅路にある者は 涙なしには聞けないであろう
離婚された女は 夜明けまで耐えることができようか
悲しそうな絃の響きも 切迫した笛の音も
人を動かす力において 自然の真実に及ばない

 杜甫は小さな虫にも目を注いでいます。
 「促織」そくしょくは蟋蟀こおろぎという意味で、中国ではこおろぎの鳴き声は機織りを促す声のように聞こえたようです。
 詩は中四句を前後の二句ではさむ形式で、中四句ではこおろぎの鳴き声が鳴く場所によって違った印象を与えると細かく観察しています。また聞く人の立場によっても、受ける印象は違うと複眼の意見を述べています。
 結びの二句では、管絃の楽の調べよりも自然の虫の鳴き声のほうがすぐれていると、自然の玄妙への驚きを述べるのです。


 蛍 火         蛍 火     杜 甫
幸因腐草出     幸いに腐草ふそうに因りて出
敢近太陽飛     敢あえて太陽に近づいて飛ばんや
未足臨書巻     未だ書巻しょかんに臨むに足らざるも
時能点客衣     時に能く客衣かくいに点ず
随風隔幔小     風に随って 幔まんを隔へだてて小に
帯雨傍林微     雨を帯びて 林に傍うて微かなり
十月清霜重     十月 清霜せいそう重し
飄零何処帰     飄零ひょうれいして何いずれの処ところにか帰る
蛍は幸せにも 腐った草から生まれいで
みずから光り 太陽に向かって飛ぶ必要はない
かすかな光で 書物を読むには足らなくても
旅人の着衣を 飾ることはできるのだ
風のまにまに 簾の向こうで小さく光り
雨に打たれて 林の縁でかすかに光る
十月になると 清らかな霜が重たく降り
蛍は零落れて いったい何処へ帰ってゆくのか

 自然の小さな生き物に自分の心境を託すという手法を、杜甫は秦州において強く意識するようになったようです。
 詩では首聯の頭にわざわざ「幸」の語を置いて、腐った草から生まれるといわれる蛍は、みずから光るので太陽に近づく必要はないと言っています。
 これを比喩として考えれば、草莽の詩人であっても、みずから光れば太陽(天子や権力)に近づく必要はないと言っていることになります。しかし、蛍は冬になって霜が降りるようになると、零落おちぶれて何処へ行ってしまうのだろうかと、自分の境遇と蛍の運命とを重ね合わせて見てもいるのです。

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