贈衛八処士      衛八処士に贈る   杜 甫
人生不相見     人生 相あい見ず
動如参与商     動ややもすれば参さんと商しょうとの如し
今夕復何夕     今夕こんせきた何の夕べぞ
共此燈燭光     此の灯燭とうしょくの光を共にす
少壮能幾時     少壮しょうそうく幾時いくとき
鬢髪各已蒼     鬢髪びんぱつ 各々おのおの已に蒼そうたり
訪旧半為鬼     旧きゅうを訪えば 半ば鬼と為
驚呼熱中腸     驚き呼んで中腸ちゅうちょうねつ
人生では 会いたくても会えないことが多い
ときには 参星と商星のように隔たってしまう
ところで今夜は なんと嬉しい夜だろう
この灯火の光を 二人で共にできたのだ
若い時期というものは いくらもない
君も僕も 鬢髪はすでに灰色だ
旧友のことを語り合えば 半分は亡くなっており
驚きの声をあげて 胸はふさがれる

 詩題の「衛八」は姓が衛、排行が八ということで、呼び方から杜甫の親しい友であることがわかります。
 しかし、二人は久しぶりに会っていますので、幼なじみでしょう。
 「処士」というのは士身分の者ですが官に就かず野にいる者のことです。
 この詩は作られた場所や時期が不明ですが、故郷の鞏県で久しぶりに会ったときと考えるのが適当と思います。
 久しぶりに衛八の家を訪ねて旧友の消息などを尋ねてみると、半分は亡くなっており、杜甫は「中腸熱す」と言っています。「復愁」(復た愁う)其の三の詩からも、旧友の死が戦死であったことが窺がえます。

焉知二十載     焉いずくんぞ知らん 二十載さい
重上君子堂     重ねて君子くんしの堂に上らんとは
昔別君未婚     昔 別れしとき 君きみ未だ婚こんせざりしに
児女忽成行     児女じじょ 忽ち行こうを成す
怡然敬父執     怡然いぜんとして父の執ともを敬うやま
問我来何方     我に問う 何れの方かたより来たるやと
問答未及已     問答 未だ已むに及ばざるに
駆児羅酒漿     児を駆って酒漿しゅしょうを羅つらねしむ
思いもよらなかった 二十年もの時を隔てて
再び 君の家にお邪魔できるとは
むかし別れたとき 君は独り者だったが
いまは息子や娘が 行列をなして出てくる
打ち解けた様子で 父親の友人に挨拶し
「どちらからいらしたのですか」と尋ねる
そんなやりとりが 終わらないうちに
君は子供たちを指図して 飲み物を並べさせる

 二十年振りの再会ですので、杜甫が二十八歳のとき以来の再会ということになります。そのときは衛八も独身でしたが、いまは「児女 忽ち行を成す」と言っています。ぞろぞろと出てきたのです。衛八の妻のことが出て来ませんが、おそらく亡くなって再婚していなかったのでしょう。
 子供たちは父親の友人に行儀よく挨拶し、「どちらからいらしたのですか」と話す態度にもしつけのよさが感じられ、杜甫は感心するのです。はなし終わらないうちに、衛八は子供たちに命じて「酒漿」を並べさせます。
 もちろんお酒です。ここらあたりの描写は平明で温かみがあり、杜甫があたらしく生みだした詩の境地と見ていいでしょう。

夜雨剪春韮     夜雨やう 春韮しゅんきゅうを剪
新炊間黄粱     新炊しんすい 黄粱こうりょうを間まじ
主称会面難     主しゅは称す 会面かいめんかた
一挙累十觴     一挙に十觴じつしょうを累かさねよと
十觴亦不酔     十觴も亦た酔わず
感子故意長     子が故意こいの長きに感じ
明日隔山岳     明日めいじつ 山岳を隔へだてなば
世事両茫茫     世事せいじふたつながら茫茫ぼうぼう
夜の雨のなか 春の韮を摘んできてくれ
黄色の粟をまぜた 新しい飯を炊いてくれる
こんな時世だから 会うのは難しい
一気に十杯は空けようと 君は言う
十杯飲んだが やっぱり酔えない
君の友情が 長く続いているのに感動したからだ
明日は別れて 山々を隔てることになれば
この世の事は どうなるかわからないのだ

 衛八は夜の雨のなか菜園の春韮をつんできて、黄粱をまぜた飯(上等の食事)を炊いて持て成します。杜甫は友情の変わらないのに感激して、十杯も盃を重ねますが酔うことができません。世は乱れ、別れたらいつ会えるかわからないと言っていますが、このことはすぐに現実となります。
 というのは、鄴城包囲の推移を眺めていた男がいました。
 安禄山とともに兵をあげた史思明です。
 史思明は父親を殺した安慶緒と袂を分かち、唐に降って帰義王范陽節度使に任ぜられ、幽州に屯していました。ところが乾元二年(七五九)の二月末、安慶緒を援けると称して再び唐に叛したのです。
 史思明は十三万の兵を率いて幽州から南下してきました。
 政府軍はこれを相州の野で迎え撃ちます。
 三月三日、両軍がまさに戦端を開こうとしたとき、突然猛烈な風が吹き起こって砂塵を巻き上げ、天地は真っ暗になりました。
 両軍は陣を払って潰退しますが、史思明はすばやく兵をまとめ、鄴城に入って安慶緒を殺します。そして自分が大燕皇帝の位に就いたのです。

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