痩馬行         痩馬行       杜 甫
 東郊痩馬使我傷 東郊とうこうの痩馬しゅうば 我をして傷いたましむ
 骨骼侓兀如堵墻 骨骼こっかく侓兀ろつこつとして堵墻としょうの如し
 絆之欲動転欹側 之を(ほだ)さむとすれば 動かむと欲して転た欹側(いそく)
 此豈有意仍騰驤 此れ()()騰驤(とうじょう)せむとするに()有るか
 細看六印帯官字 細かに看れば 六印ろくいん官字かんじを帯
 衆道三軍遺路旁 衆は道う 三軍さんぐん路旁ろぼうに遺のこすと
 皮乾剥落雑泥滓 皮は乾きて剥落はくらくし泥滓でいしまじわり
 毛暗蕭條連雪霜 毛は暗くして蕭條しょうじょうとして雪霜せつそう連なる
城の東で痩せた馬に会い 私は悲しみに打たれる
骨はごつごつとして 壁のように浮き出ている
縄で繋ごうとすると 体を動かして避けようとする
この様子では 以前のように跳び上がる気持ちがあるようだ
詳しく見ると 官印が六か所ほど押してあり
聞けば官軍が 路傍に棄てた馬という
皮は干からびて禿げちょろになり 泥や垢にまみれ
毛はつやをなくして 白くさびれている

 前年十月に洛陽を敗退した安慶緒は、この年になると相州(河南省安陽市)の鄴城ぎょうじょうに拠って兵六万を集め、周囲の七郡を支配する勢力になっていました。そこで政府は九月になると、朔方軍節度使郭子儀かくしぎら九節度使の軍を派遣して鄴城を包囲しました。
 秋のはじめに杜甫は、杜観ひとりを洛陽にやりましたが、戦線が河北と河南の境にある相州に集中した冬になっても、杜観はもどってきません。
 連絡もないので心配になってきた冬のはじめのある日、杜甫は華州の城の東郊で痩せた馬に出会いました。よくみると、その馬には官印が六か所も押してあり、官軍に棄てられた馬です。馬はみじめな姿で痩せ衰えていますが、捕まえようとすると体を動かして避けようとします。

 去歳奔波逐余寇 去歳きょさい 奔波ほんはして余寇よこうを逐
 驊騮不慣不得将 驊騮かりゅうには慣れず将ひきいることを得ず
 士卒多騎内厩馬 士卒は多く内厩ないきゅうの馬に騎
 惆悵恐是病乗黄 惆悵恐る是れ病める乗黄(じょうこう)なりしならむことを
 当時歴塊誤一蹶 当時 歴塊れきかい 誤って一蹶いっけつ
 委棄非汝能周防 委棄(いき)せらるること 汝が能く周防(しゅうぼう)するに非ず
 見人惨澹若哀訴 人を見て惨澹さんたん哀訴あいそするが若ごと
 失主錯莫無晶光 主を失いて錯莫さくばく晶光しょうこう無し
 天寒遠放雁為伴 天寒く遠く放たれて雁がんを伴ともと為
 日暮不収烏啄瘡 日暮れて収められず 烏からすは瘡きずを啄ついば
 誰家且養願終恵 誰が家にか()つ養わむ 願わくは(けい)を終えむことを
 更試明年春草長 更に試みむ 明年めいねん春草しゅんそうの長きに
去年は狂ったように 敗残の賊を追いまわしたが
兵は駿足の馬を御しきれず
多くの将兵は 馴れた宮中の馬に乗った
この馬も官の駿馬であったが 病気にかかっていたのだろうか
病のために ふとしたことで小石につまずき
棄てられたのは 汝の責任ではない
馬は物悲しく 訴えるように私をみるが
主人を失って 眼のひかりは失せている
寒空にひとりはぐれて 雁を仲間とし
日暮れても厩に入れず 烏が傷口をつついている
誰か自分を養って 最後まで面倒をみてくれる者はいないか
春になって若草が伸びたら もういちど力を試してみたいのだ

 杜甫は馬が大好きです。
 官に棄てられた馬の運命について想像をめぐらします。
 この馬も去年は狂ったように賊軍を追いまわしたに違いない。
 しかし、病にかかったか、小石につまずいたかして使いものにならなくなり、棄てられたに違いない。「委棄せらるること 汝が能く周防するに非ず」と杜甫は馬に同情を寄せます。馬の運命は杜甫の運命そのものです。
 杜甫はこの馬をみると、左遷された自分の姿をみるような気がしたに違いありません。最後の六句の馬への感情移入は、杜甫の気持ちをあらわすものと思われます。

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