孤 雁         孤 雁    杜 甫
孤雁不飲啄     孤雁こがん 飲啄いんたくせず
飛鳴声念群     飛鳴ひめいして声は群を念おも
誰憐一片影     誰か憐あわれむ一片の影
相失万重雲     万重ばんちょうの雲に相あい失うを
望尽似猶見     望み尽つくして猶お見るに似
哀多如更聞     哀しみ多くして更に聞くが如し
野鵶無意緒     野鵶やあ 意緒いしょ無く
鳴噪自粉粉     鳴噪めいそうおのずから粉粉ふんぷんたり
孤雁は飲みも喰いもせず
鳴きながら飛んで仲間をさがす
一羽の鳥が 雲の波間に消え去っても
誰が憐れんでくれようか
姿は消えても 見えているようで
悲しげな声は いつまでも聞こえる
だが  こころない烏どもは
があがあ鳴いて騒ぐだけだ

 杜甫はすこし苛立っていました。
 そんなとき、戦乱によって音信の途絶えていた弟から便りがありました。この弟は斉州(山東省済南市)の臨邑県で主簿をしていたすぐ下の異母弟、杜頴とえいであると思われます。
 鄲州(山東省平陰県)に移って露命をつないでいるというのです。
 この便りを読んで、杜甫は急に洛陽の陸渾荘にやった継母の盧氏と幼い弟妹のことが気になってきました。
 洛陽が奪回されて半年以上もたつのに何の連絡もないのです。
 杜甫は杜観を呼んで、すぐに洛陽に行って母親のようすを確かめて来いと命じたのではないでしょうか。盧氏の長子杜観はこのとき十三歳ですので、杜甫の命令に顔色を変えたと思います。しかし、非常のときなので杜甫は厳しく励ましてひとりで旅立たせたと思います。
 杜甫には司功参軍としての仕事が山積していました。
 しかも華州のような田舎町では共に詩を語るような相手もおらず、ただただ俗事に忙殺される毎日です。「孤雁」は杜甫自身のことでしょう。
 「野鵶」は都や州の上司かもしれず、また仕事にかかわりのある町の住民であるかもしれません。


 贈高式顔       高式顔に贈る   杜 甫
昔別是何処     昔 別れしは是れ何いずれの処なりし
相逢皆老夫     相い逢えば皆な老夫ろうふなり
故人還寂寞     故人こじんは還お寂寞せきばく
削跡共艱虞     削跡さくせき 共に艱虞かんぐ
自失論文友     文ぶんを論ずる友を失いて自りは
空知売酒壚     空しく知る 売酒ばいしゅの壚
平生飛動意     平生へいぜい 飛動ひどうの意
見爾不能無     爾なんじを見ては無きこと能あたわず
以前別れたのは 何処であったか
いま逢えば みな老人となっている
君は依然として うだつがあがらず
追放されて 共に苦労の連続だ
文学の友をなくしてからは
酒屋に行っても 虚しい思いだけ
かねてからの燃える憶いが
君と逢って 湧き立たずにはいられない

 杜甫がささくれだった心境にいたとき、詩人の高式顔こうしきがんが訪ねてきました。高式顔は杜甫の詩友高適こうせきの甥にあたり、戦乱をへての久しぶりの再会でした。高式顔はまだ浪々の身で、たがいに老いのきざした顔を見合わせて複雑な気持ちです。しかし、杜甫は久しぶりに文学のわかる友と語り合うことができて嬉しそうです。

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