春日酔起言志   春日 酔起して志を言う 李 白
処世若大夢    世に処るは大夢たいむの若ごと
胡為労其生    胡為なんすれぞ 其の生を労ろうするや
所以終日酔    所以ゆえに終日酔い
頽然臥前楹    頽然たいぜんとして前楹ぜんえいに臥
覚来眄庭前    ()め来たりて庭前(ていぜん)(なが)むれば
一鳥花間鳴    一鳥いっちょう 花間かかんに鳴く
世に生きるとは 夢を見ているようなもの
どうして齷齪と 苦労をするのか
だから一日中酔っぱらい
崩れるように 南の柱の陰に倒れ伏す
酔いから醒め 庭先を眺めると
一羽の鳥が 花のあいだで鳴いている

 この詩も「春日独酌」と同じころの作品と思われます。
 かつての天下国家への志も、ぼろぼろになって「世に処るは大夢の若し 胡為れぞ 其の生を労するや」という心境になっています。
 だから酒を飲んで寝入ってしまい、酔いから醒めると、一羽の鳥が花のあいだで鳴いているのに気づきます。
 詩中に「前楹」ぜんえいという語がありますが、中国の伝統的な家屋は中央奥に南向きの「堂」があって、「院子」(中庭)に面しています。
 堂と院子との間はテラスのようになっていて、装飾を施した柱が立っています。李白はその柱の陰で居眠りをしたのです。

借問此何時    借問しゃもんす 此れ何いずれの時ぞ
春風語流鶯    春風しゅんぷう 流鶯りゅうおうと語る
感之欲歎息    之これに感じて歎息たんそくせんと欲し
対酒還自傾    酒に対して還た自ら傾く
浩歌待明月    浩歌こうかして明月を待ち
曲尽已忘情    曲きょく尽きて已すでに情を忘る
お尋ねするが いったい今はどんな時節なのか
春風が鶯と語り合う時 春のたけなわ
過ぎてゆく時に感じて 思わず嘆息したくなり
酒を前にして またも杯を傾ける
詩を吟じつつ 明月の昇るのを待っていると
詠い終わって 心の憂さも消え果てる

 李白は花のあいだで鳴いている鳥に「此れ何れの時ぞ」と尋ねます。
 答えは春風が鶯と語り合う春のたけなわ、というものです。
 李白の志は天下国家にあるのですが、自然は李白の志とは無関係に過ぎてゆきます。李白は嘆息し、酒を飲んで詩を吟じ、明月の昇るのを待っていると詠うだけです。
 「春日独酌」では隠遁の気持ちが強かったのですが、この詩では題に「志を言う」とあるだけに、すこし心を持ち直しています。

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