荊門浮舟望蜀江
  荊門に舟を浮かべて蜀江を望む 李 白


 春水月峡来
    春水しゅんすい 月峡げっきょうより来たる
 浮舟望安極    舟を浮かぶ 望み安いずくんぞ極きわまらん
 正是桃花流    正まさに是れ 桃花とうかの流れ
 依然錦江色    依然いぜんたり 錦江きんこうの色
 江色淥且明    江色こうしょくは淥きよく且つ明らかに
 茫茫与天平    茫茫ぼうぼうとして天と平たいらかなり
 逶迆巴山尽    逶迆いいとして巴山はざん尽き
 遥曳楚雲行    遥曳ようえいして楚雲そうん行く
春の水は 明月峡から流れ出る
舟を浮かべて蜀江を望むと 来し方は果てしない
今まさに 桃花流水のとき
錦江の水の色と変わりない
長江は清く澄んで
ひろびろと天と繋がり 平らかである
曲がりくねった巴山は尽き
楚地の雲は ゆるやかに動いてゆく

 長江を下る舟は、やがて荊門にいたり、湖北の広々とした天地がひらけてきます。詩は荊門のあたりの舟上から、上流と下流を眺めたときの感懐です。「正に是れ 桃花の流れ」と江水の清く澄んでいるさまを詠い、楚地の雲がゆるやかに流れていくさまを眺めます。

雪照聚沙雁    雪は照らす 沙に聚あつまる雁がん
花飛出谷鶯    花は飛ぶ 谷を出ずるの鶯おう
芳洲却已転    芳洲ほうすしりぞいて已すでに転じ
碧樹森森迎    碧樹へきじゅ 森森しんしんとして迎う
流目浦煙夕    流目りゅうもくす 浦煙ほえんの夕ゆうべ
揚帆海月生    帆を揚ぐれば海月かいげつ生ず
江陵識遥火    江陵こうりょう 遥火ようかに識
応到渚宮城    応まさに到るべし 渚宮城しょきゅうじょう
雪は汀に集まる雁を照らし
花は乱れ散り 鶯は谷を出て囀る 
美しい中洲は はやくも過ぎ去り
こんもりと茂る樹々が見えてくる
夕がすみ 浦辺の景色を眺めつつ
帆を上げると 江上に月は昇る
江陵の街の灯が 遠くに見えはじめ
舟はやがて渚宮の城に着くであろう

 舟は江陵へ向かって進んでゆき、李白は岸辺の風景の移りゆくさまを描いてゆきます。夕暮れになって月が江上に昇ると、遠くに江陵の街の灯が見えてきます。詩は「応に到るべし 渚宮城」と結ばれていますが、「渚宮」というのは戦国楚の時代に、江陵の地に渚宮という離宮が営まれていたので、江陵の城を雅して呼んだものです。
 詩は舟が江陵に着く直前のようすを描いています。

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