登邯鄲洪波台置酒観発兵 李 白
      邯鄲の洪波台に登り置酒して兵を発するを観る
我把両赤羽    我 両赤羽りょうせきうを把
来遊燕趙間    燕趙えんちょうの間かんに来遊す
天狼正可射    天狼てんろうまさに射る可く
感激無時閑    感激して時として閑かんなる無し
観兵洪波台    兵を洪波台こうはだいに観
倚剣望玉関    剣に倚りて玉関ぎょくかんを望む
二本の赤羽根の矢を持って
私は燕趙の間を旅している
いまは蕃族を討つべきとき
胸は高鳴り 心は片時もやすまらない
洪波台で兵の行進を見るや
剣にもたれて玉門関を望み見る

 李白は石門山の元丹丘の山居にしばらく滞在していましたが、そのころ范陽(北京)の節度使安禄山は平盧(遼寧省朝陽市)のほか河東(山西省太原市)の節度使もかね、三節度使を兼務してたいへんな勢いでした。李白は安禄山の本拠地幽州(北京地方)を訪ねることを思い立ち、秋の末に石門山を発って北へ旅し、冬は相州(河南省安陽市)で過ごします。翌天宝十一載(七五二)は広平郡(河北省南部地域)の各地に寄り道しながら、ゆっくりした旅をつづけ、邯鄲(河北省邯鄲市)の近くの洪波台で軍の行進を見て感激します。
 詩中の「玉関」は玉門関のことで、唐の西の関門ですので、邯鄲の近くの洪波台から見えるはずはありません。
 国境の関門という意味で用いたもので、外敵のいる地を望み見たことを勇ましく表現したものでしょう。

請纓不繋越    纓えいを請うて越えつを繋つながず
且向燕然山    且しばらく燕然山えんぜんざんに向かう
風引龍虎旗    風は龍虎の旗を引き
歌鐘昔追攀    歌鐘かしょうは昔を追攀ついはん
撃筑落高月    筑ちくを撃って高月こうげつ落ち
投壺破愁顔    壺に投じて愁顔しゅうがんを破る
遥知百戦勝    遥かに知る 百戦して勝ち
定掃鬼方還    鬼方きほうを定掃ていそうして還かえらん
終軍は纓を請うて南越王を従えたが
いまは北のかた燕然山に向かうとき
風は龍虎の旗をなびかせ
鳴る鐘の音に 昔のことを想い出す
月の沈むときまで筑を鳴らして遊び
投壺の勝負を競って どよめき笑う
わが軍は きっと百戦連勝し
蕃族を平らげて凱旋するであろう

 李白は二本の赤羽根の矢を持って旅をしていますので、軍に参加するつもりです。漢の終軍しゅうぐんが纓(冠を着けるための永い紐)を請うて南越王を縛り上げてくると言って出掛けた故事を想い出しますが、いまは北の燕然山(胡族の拠る象徴的な山)を討つべきときであると興奮しています。李白は宿営している兵にまじって筑を鳴らし、投壺(壺に矢を投げ入れる遊び)の賭け事をして笑い興じます。
 「遥かに知る 百戦して勝ち 鬼方を定掃して還らん」と戦勝を祝賀して結びとしているのは、安禄山軍に採用してもらいたいと思っているからでしょう。李白は事前準備も充分に幽州に乗り込むのです。

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