秋日登揚州西霊塔 秋日 揚州の西霊塔に登る 李 白
宝塔凌蒼蒼     宝塔ほうとうは蒼蒼そうそうを凌しの
登攀覧四荒     登攀とうはんして四荒しこうを覧
頂高元気合     頂きは高くして元気げんきと合し
標出海雲長     標ひょうは出でて海雲かいうん長し
万象分空界     万象ばんしょう 空界くうかいを分わか
三天接画梁     三天さんてん 画梁がりょうに接す
宝塔は 天空を制するように立ち
登れば 世界の果てまで見える
頂上は高く聳えて 天地根元の気とひとつになり
先端は抜き出て 海雲がたなびく
天然自然の現象が 天地の空間を分け
欲色無色の三界は 天井の梁に達している

 李白が揚州に着いたときには、すでに晩秋の季節になっていました。
 揚州の「西霊塔」せいれいとうは、当時の中国の塔のなかでは最も高いことで有名でした。李白は西霊塔に登り、その天空にそびえ立つさまを仏教の言葉を用いて表現します。

水揺金刹影     水は金刹こんせつの影を揺うごかし
日動火珠光     日は火珠かしゅの光を動かす
鳥払瓊簷度     鳥は瓊簷けいえんを払って度わた
霞連繡栱張     霞は繡栱しゅうきょうに連なって張
目随征路断     目は征路せいろに随って断
心逐去帆揚     心は去帆きょはんを逐うて揚がる
露浩梧楸白     露浩おおしくて梧楸ごしゅう白く
風催橘柚黄     風催うながして橘柚きつゆう黄なり
玉毫如可見     玉毫ぎょくごうし見る可くんば
於此照迷方     此ここに於いて迷方めいほうを照らさん
池水に影を映して 相輪は揺れ
日輪の光を集めて 火の珠たまは輝く
軒端を掠めて 鳥は飛び
夕焼けの空は 桝形ますがたの向こうに拡がっている
目は 旅路の見える限りをみつめ
心は 去りゆく船の帆影を追って高まる
桐や楸ひさぎの実は 露を受けて白くなり
蜜柑は風に吹かれて 黄色く熟れる
もしも仏の玉毫で 一万八千世界を見れるというのなら
いまここで 迷える方向を照らしてほしい

 詩の後半十句、はじめの八句は塔からの眺めです。
 夕焼けの空が「繡栱」(桝形)の向こうに拡がっているのを眺め、旅の行く末を思い、揚州の渡津としんを出てゆく船の帆影に胸の高まるのを覚えます。しかし、自然がおのずからその実りをもたらすように、自明のこととして自分の将来を見定めることはできません。
 「玉毫」というのは仏の額の巻き毛のことで、東方一万八千世界を照らすといいます。
 もしも未来が分かるというのなら、いまここで迷える方向を照らしてほしいと詩を結び、李白は東魯を旅立っては来たものの行くべき人生の方向が定まらず、心に迷いを生じていることを告白しています。

目次二へ