古風 其二十二   古風 其の二十二 李 白
秦水別隴首    秦水しんすい 隴首ろうしゅに別れ
幽咽多悲声    幽咽ゆうえつして悲声ひせい多し
胡馬顧朔雪    胡馬こば 朔雪さくせつを顧かえり
躞蹀長嘶鳴    躞蹀しょうちょうとして長く嘶鳴しめい
感物動我心    物に感じて我が心を動かし
緬然含帰情    緬然めんぜんとして帰情きじょうを含む
秦水は隴山に別れを告げると
むせび泣くような悲しい声で流れる
胡地の馬も 北の雪を振りかえり
歩きながら いつまでも嘶きつづける
目にする物 すべては私の心に触れ
わが家を想う気持ちが 胸にあふれる

 「古風」の詩は制作年が不明ですが、この詩には去る者の旅の悲しみが溢れているように思います。「秦水」は渭水いすいのことですので、「隴首」(隴山)を東に離れると関中平野を東に流れます。
 渭水をみずからに例え、隴山を都の比喩と考えれば、李白が長安を去る時の胸中を物語る詩であるのは間違いないと思われます。
 ついでに言えば、「胡馬」も李白がまたがっている馬かもしれません。
 馬も別れを悲しんで嘶くという情景は李白が好んだ詩情で、前にも出てきました。

昔視秋蛾飛    昔は視る 秋蛾しゅうがの飛ぶを
今見春蚕生    今は見る 春蚕しゅんさんの生ずるを
嫋嫋桑結葉    嫋嫋じょうじょうとして桑は葉を結び
萋萋柳垂栄    萋萋せいせいとして柳は栄えいを垂
急節謝流水    急節きゅうせつ 流水のごとく謝
羇心揺懸旌    羇心きしん 懸旌けんせいを揺るがす
揮涕且復去    涕を揮ふるって且しばらく復た去り
惻愴何時平    惻愴そくそういずれの時か平かならん
家を出るときは 秋の蛾が飛んでいたが
いまは 春の蚕が生まれている
なよなよと 桑は葉をつけ
ふさふさと 柳は糸を垂れている
時節は 流れる水のように早く去り
旅心は 旗のように揺れてやまない
涙を払って ともかくも歩いてゆこう
この悲しみは何時になったら治まるのだろうか

 李白が南陵の鄭氏の家を発ったのは、「秋蛾」の飛ぶ秋でした。
 いま長安を去る日は「春蚕」がはじまる春の季節で、桑の葉も柳の葉も緑です。最後の四句「急節 流水のごとく謝り 羇心 懸旌を揺るがす 涕を揮って且く復た去り 惻愴 何れの時か平かならん」には、李白が深い悲しみを秘めて、渭水に沿った路を東へとぼとぼと騎乗してゆく姿がしのばれます。

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