行路難 三首 其一 行路難 三首 其の一 李 白
金樽の清酒は 一斗で一万銭
玉盤の料理は 珍味で一万銭
そんなご馳走も食べる気がしないので
剣を抜いて周囲を見廻し 茫然とする
黄河を渡ろうとすれば 氷が川を塞ぎ
太行山に登ろうとすれば 雪で天空も暗い
川辺に坐して のどかに釣り糸を垂れているが
また舟に乗って天子の近く 都の夢をみる
人生行路は困難だ 困難だらけだ
岐れ路が多く どうしていいか分からない
風に乗じて 船を出す時はきっと来る
時がいたれば帆をかかげ 大海原を渡るであろう
「蜀道難」は他人のことでしたが、「行路難」はみずからの人生行路の困難を詠うものです。食事も咽喉を通らず茫然としてあたりを見廻しますが、八方ふさがりの状態です。「行路難し 行路は難し 岐路多くして 今安にか在る」と悲鳴をあげながらも、「長風浪を破る 会に時有るべし」と将来に期待を寄せている姿は悲壮ともいえます。
古風 其十二 古風 其の十二 李 白
松柏本孤直 松柏しょうはくは 本もと 孤直こちょく
難為桃李顔 桃李とうりの顔かおを為なし難し
昭昭厳子陵 昭昭たり 厳子陵げんしりょう
垂釣滄波間 釣を垂る 滄波そうはの間かん
身将客星隠 身は客星かくせいと将ともに隠れ
心与浮雲閑 心は浮雲ふうんと与ともに閑なり
長揖万乗君 万乗ばんじょうの君に長揖ちょうゆうし
還帰富春山 富春山ふしゅんざんに還帰かんきす
清風灑六合 清風せいふう 六合りくごうに灑そそぎ
邈然不可攀 邈然ばくぜんとして攀よず可べからず
使我長歎息 我をして長歎息ちょうたんそくせしめ
冥棲巌石間 巌石がんせきの間かんに冥棲めいせいす
松や柏は もともとひとりですっくと立ち
桃や李すもものように 笑顔はつくれない
厳子陵こそ かがやくような存在だ
澄み切った波間に 釣り糸を垂れている
身は客星のように世間から隠れ
心は浮雲のように穏やかである
万乗の天子に一礼し
故郷の富春山に帰る
清らかな風が天地を吹き渡るように
遥かに高い存在で 近づき難い
私は長い溜息をつき
岩山に ひっそり隠れたいと思うのだ
李白は暮春三月になると、もはや都にとどまっていても成すところは何もないことを悟り、長安を去る決心をしたようです。
そんなとき心の拠りどころになったのが、後漢の厳子陵厳光の名利に恬澹てんたんとした生き方でした。
後漢の創業に功績のあった厳子陵は光武帝の召しを受けますが、「万乗の君に長揖し」て、故郷の山中に隠棲します。
「古風 其十二」はその生き方を美しい詩句で詠いあげています。
自分も厳子陵のように清く都を去ろうというのです。李白はみずから上書して山(故郷、田舎のこと)に帰ることを願い出ました。
玄宗は手放したくない気持ちもあったようですが、周囲の情勢を考慮して願いを認め、特別の賜金を与えて退去を許しました。