遊南陽清泠泉   南陽の清泠泉に遊ぶ 李 白
惜彼落日暮    彼の落日の暮るるを惜おし
愛此寒泉清    此の寒泉かんせんの清きを愛す
西耀逐流水    西耀せいようは流水を逐
蕩漾遊子情    蕩漾とうようす 遊子ゆうしの情
空歌望雲月    空しく歌って雲月うんげつを望み
曲尽長松声    曲尽きて長松ちょうしょうの声
遥かに日暮れの景を惜しみながら
この冷泉の清い流れを愛する
流れの水に沿って 夕日は耀き
さすらい人の旅情をかき立てる
雲間の月を眺めて 空しく歌い
曲が終われば 松風の音がするばかり

 二年前の初夏に安陸を旅立ってから、李白は三度目の秋を洛陽で迎えます。秋には南陽をへて安陸にもどることになりますが、南陽の内郷県(河南省南陽市)は長安に上るときに一度通った城市です。
 そのときは急いで通過しただけでしたので、今度はしばらく滞在して崔宗之らと知り合いになったようです。
 南陽の名所を訪ねて詩を作っていますが、なんだか淋しそうです。
 意気込んで出かけた長安でしたが初期の成果を生むことなく、新婚まもなく置き去りにした妻と許氏の人々のいる安陸にもどるのですから、李白の足も重かったに違いありません。


 太原早秋      太原の早秋   李 白
歳落衆芳歇    歳とし落ちて 衆芳しゅうほう
時当大火流    時は大火たいかの流るるに当たる
霜威出塞早    霜威そういとりでを出でて早く
雲色渡河秋    雲色うんしょくかわを渡って秋なり
夢繞辺城月    夢は繞めぐる 辺城へんじょうの月
心飛故国楼    心は飛ぶ 故国の楼ろう
思帰若汾水    帰るを思えば汾水ふんすいの若ごと
無日不悠悠    日として悠悠ゆうゆうたらざるは無し
年の半ばを過ぎて 花は散り果て
季節はまさに 火星が西に流れるとき
霜の厳しさは 塞を出るとことに早く
黄河を渡れば 雲のけはいも秋が深い
わたしの夢は 国境をめぐる月に似て
心は古里の 高楼に飛んでいる
帰る日に想いを馳せれば 汾水の流れのように
一日として 愁いに沈まない日はないのである

 開元二十三年(七三五)の夏五月ころ、李白は帰省する元演に誘われて太原までの長途の旅をします。
 黄河を越え、汾水を遡ってゆく朔北への大旅行です。
 詩中の「大火」は二十八宿のひとつで心宿星のことです。
 大火は陰暦五月の日暮れになると真南の空に高くあらわれ、六月以降になると西の空に移動します。「流」は心宿星が西に傾くことをいい、さすがの李白も太原の秋が早いことに驚いています。
 李白に対する元家の待遇は手厚いものであったらしく、李白は太守の邸に世話になりながら、翌年の夏まで太原に滞在し、周辺を見物したりして過ごしています。
 李白が安陸を発つとき、許氏は第二子を懐妊していたらしく、誕生の日が近いことを知らせてきたと思いますが、李白はもどることなく、春二月ころには長男誕生の報せが太原に届いたはずです。
 李白は長男に伯禽はくきんという名をつけますが、息子に対面するのは、その年の末になってからのようです。

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