酬坊州王司馬与閻正字対雪見贈 李 白
    坊州の王司馬と閻正字と雪に対して贈らるるに酬ゆ
遊子東南来    遊子ゆうし 東南より来り
自宛適京国    宛えんより京国けいこくに適
飄然無心雲    飄然ひょうぜんたり無心の雲
倏忽復西北    倏忽しゅくこつとして復た西北
訪戴昔未偶    戴たいを訪うて 昔未だ偶ぐうせず
尋嵆此相得    嵆けいを尋ねて 此ここに相あい得たり
愁顔発新歓    愁顔しゅうがん 新歓しんかんを発し
終宴敍前識    宴えんを終えて 前識ぜんしきを敍じょ
さすらい人は東南から来り
南陽をへて都にやってきた
流れゆく無心の雲のように
たちまち西北の地にいたる
昔 王子猷が戴安道を訪ねて遇えず
いまここに 嵆康を尋ねて会うことができた
愁い顔は 新しい歓びにかわり
宴会を終えて お名前は承知していたと申し上げる

 李白は晩秋のころに長安を出て西北に向かい、まず邠州(陝西省郴県)に行って新平郡の長史(郡の次官)の李粲という者に会い、「幽歌行」という詩を贈って就職運動をします。
 しかし、それも不成功に終わったので、邠州ひんしゅうから東北に一二〇㌔㍍余り奥地に行った坊州(陝西省黄陵県)へ行って州司馬(従六品)の王嵩おうすうと閻正字えんせいじに会って就職運動をしています。
 詩は坊州での雪見の宴席で王嵩と閻正字から遠山の雪についての詩を贈られ、李白がそれに和する詩を作ったものです。まず自分が中国の東南の地方から「宛」(南陽)を経て都へ上ってきたこと。
 それから西北の邠州を経て坊州にやってき、晋の嵆康けいこうが呂安りょあんと親密に行き来したように王司馬と逢うことができて嬉しいと述べ、お名前はかねてから承知していたと持ち上げます。

閻公漢庭旧    閻公えんこうは漢庭かんていの旧
沈鬱富才力    沈鬱ちんうつとして才力に富む
価重銅龍楼    価は銅龍どうりゅうの楼に重く
声高重門側    声は重門じゅうもんの側かたわらに高し
寧期此相遇    寧なんぞ期せんや 此ここに相遇い
華館陪遊息    華館かかん 遊息ゆうそくに陪ばい
積雪明遠峰    積雪せきせつ 遠峰えんぽう 明らかに
寒城沍春色    寒城かんじょう 春色しゅんしょくこお
主人蒼生望    主人は蒼生そうせいの望ぼう
仮我青雲翼    我に青雲の翼つばさを仮
風水如見資    風水ふうすいし資たすけらるれば
投竿佐皇極    竿かんを投じて皇極こうきょくを佐たすけん
閻公はかつて 宮廷に仕えた方で
充分な才力を備えておられる
その声価は龍楼門内に重く
名声は宮廷の門傍もんぼうに高い
いま思いがけなく ここに出逢い
結構な屋敷の宴会に相判する
おりしも 遠くの山の積雪は明るく輝き
城内の春のけはいは 寒さで凍りついている
ご主人は民の輿望の星であるから
私に青雲の翼をお貸しくだされ
風水による助けがあるならば
釣り竿を投げ捨てて 王道の補佐に乗り出しましょう

 後半ではまず、閻正字えんしょうじをほめあげます。正字(正九品下)は秘書省の属官で、進士及第者が最初に任官する官職のひとつです。
 閻正字が坊州にいるのは多分転勤してきたためで、李白は閻という若い官吏を旧職で呼ぶことで進士及第の秀才であることをほめあげます。このあたりの李白の手練手管には、恥も外聞もないといった態度が見受けられます。
 そして最後の四句は、王司馬に対する就職斡旋の願いです。

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