少年行二首 其二    少年行二首 其の二  李 白


 五陵年少金市東
   五陵の年少ねんしょう 金市きんしの東
 銀鞍白馬度春風   銀鞍ぎんあん 白馬 春風しゅんぷうを度わた
 落花踏尽遊何処   落花らっか踏み尽くして 何処いずこにか遊ぶ
 笑入胡姫酒肆中   笑って入る 胡姫こき 酒肆しゅしの中
五陵の若者は 銀鞍白馬の晴れ姿
春風のなか 西市の東を闊歩する
舞い散る花を踏み散らし どこへ遊びに出かけるのか
笑いつつ 胡姫の酒場へ消えてゆく

 都で活動をはじめた李白は、水を得た魚のように得意の才筆を発揮します。当時、長安で流行していた雑曲の楽府詩がふしや閨怨詩けいえんしなどをつぎつぎに作ったようです。小放歌行の「少年行」しょうねんこうは唐代のいろいろな詩人が同題の詩を作っている流行の歌でした。
 「五陵」ごりょうは長安の郊外にあった漢代の陵邑りょうゆうで、貴顕の者や富者の住む住宅地でした。
 そこの若者たちが馬に乗って長安へ出張ってくるのです。
 「年少」は少年の倒置で、ちょっと不良がかった若者のことです。
 「金市」は長安の西市せいしのことですが、一般的には盛り場を意味します。白馬に乗った若殿たちが落花を踏み散らしながら入ってゆくのは、紅毛碧眼の「胡姫」のいる酒場でした。


 相逢行       相逢行そうほうこう 李 白
相逢紅塵内    相逢あいあう 紅塵こうじんの内
高揖黄金鞭    高揖こうゆうす 黄金おうごんの鞭
万戸垂楊裏    万戸垂楊すいようの裏うち
君家阿那辺    君が家は阿那あなの辺へん
にぎやかな街で出逢い
黄金の鞭を上げて挨拶する
垂楊の陰に 家のひしめく大都会
お宅は確か あの辺でしたね

 長安では土埃は賑やかさの象徴でした。
 ましてや「紅塵」となると、紅灯の巷ちまたを思わせます。
 そんな街中で出逢った乗馬の二人が、黄金の飾りのついた鞭を上げて挨拶をかわします。そして一人が「君が家は阿那の辺」と街の一角に視線を投げるのです。長安の多数の(ぼう)には、もっぱら貴顕の住む坊が自然に出来あがっていました。
 そこに住んでいることは本人にとって誇りであり、そこの住人と知っていることを告げるのは、相手に媚を売ることを意味します。李白は二人の男の関係を俗語をまじえて目に見えるように描いています。


 玉階怨       玉階怨ぎょくかいえん  李 白
玉階生白露    玉階ぎょくかいに白露はくろ生じ
夜久侵羅襪    夜久しくして羅襪らべつを侵おか
却下水精簾    水精すいしょうの簾すだれを却下きゃっかするも
玲瓏望秋月    玲瓏れいろうとして秋月しゅうげつを望む
夜は更けて 玉ぎょくの階きざはしに白露が生じ
たたずむ妃ひめの羅の靴下に滲みとおる
水晶の簾すだれをおろすが 玲瓏と光は乱れ
秋の夜空に 虚しく冴える月影つきかげをみる

 「玉階怨」も有名な楽府題で、宮女の夜の閨怨を詠うものです。
 「玉階」は大理石のきざはしのことで、中国の宮殿では院子(前庭)から廊に上がる階段です。左右にふたつあるのが通常でした。
 王侯の来臨を待って永いあいだ大理石の階段に佇んでいると、白露が宮女の薄絹の靴下の中まで滲みとおってくるという濃厚な哀憐の詩情ですが、すべて楽府題にもとずく空想の作品といえます。

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