詠懐二首 其一    詠懐 二首 其の一 李賀

   長卿懐茂陵   長卿ちょうけい 茂陵もりょうを懐おも
   緑草垂石井   緑草りょくそう 石井せきいに垂
   弾琴看文君   琴を弾だんじて文君ぶんくんを看る
   春風吹鬢影   春風しゅんぷう 鬢影びんえいを吹く
   梁王与武帝   梁王りょうおうと武帝ぶてい
   棄之如断梗   之を棄つること断梗だんこうの如し
   惟留一簡書   惟だ一簡いっかんの書を留とどめて
   金泥泰山頂   金泥きんでい 泰山たいざんの頂いただき
司馬相如は 茂陵の閑静を好む
石の井戸枠に 緑の草が生えている
琴を弾きつつ 妻の文君を眺めると
春風が 鬢のあたりにそよいでいる
梁の孝王も漢の武帝も
千切れた木片のように 相如を棄ておいた
死後に残された一巻の書
天子はこれを金泥で封じ 泰山の頂に納める

 昌谷に帰ったころの李賀は、新婚の妻と暮らしながら詩文を書き、読書にふける毎日であったようです。其の一の詩は、一見すると「長卿」司馬相如の字を詠っているようですが、二首目をみると李賀自身です。
 とすれば、琴を弾きながら眺める「文君」も司馬相如の妻ではなく、李賀の妻ということになります。梁王と武帝から「之を棄つること断梗の如し」というのも、司馬相如の史実とは違っていますので、自分の詩才が朝廷から見棄てられたことを、司馬相如の名を借りて詠うものでしょう。


詠懐二首 其二    詠懐 二首 其の二 李賀

日夕著書罷   日夕にっせき 書を著あらわし罷めば
驚霜落素糸   驚霜けいそう 素糸そし落つ
鏡中聊自笑   鏡中きょうちゅういささか自ら笑う
詎是南山期   詎なんぞ是れ南山の期ならんや
頭上無幅巾   頭上ずじょう 幅巾ふくきん無し
苦蘗已染衣   苦蘗くばくすでに衣を染む
不見清渓魚   見ずや 清渓せいけいの魚うお
飲水得自宜   水を飲んで 自ら宜よろしきを得たるを
日が暮れて 書の仕事を終えると
白い糸が なんと霜のように落ちてきた
鏡を覗いて おもわず苦い笑いをもらす
終南山の 崩れるときが近いのではないか
頭上には 一幅の巾きんもない
衣もすでに 黄蘗で黄色に染めた
見たまえ 谷川の魚は
水を飲んで 気ままに生きているではないか

 「驚霜 素糸落つ」は、白髪が生えててきたことの誇張的表現です。
 李賀は早くから若白髪であったと言われています。「南山期」は終南山が崩れる時という意味で、この世の終わりを意味します。
 白髪が生えてきたのを、寿命が尽きたかと誇張して言っているのでしょう。
 頚聯で「頭上 幅巾無し 苦蘗 已に衣を染む」と言っているのは、頭巾も被らず、衣服は農民のように黄色に染めていると、すでに仕官の志をなくしていることを示しています。谷川の魚も気ままに生きているではないかと、李賀は隠遁でもするつもりになっていたようです。

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