美しい人の朝の夢 薄絹の帳は寒く
香しい髷 崩れた髻 沈香檀香半ばただよう
井戸の轆轤がまわり 滑車の音がする
音で目覚める蓮の花 眠りはたっぷり足りている
双鸞の鏡を開くと 澄み切った光
髷を解き鏡に向かい 寝台の前に立つ
一束の香しい糸は 雲のように床に散らばり
玉の櫛は落ちても 膩あぶらで音を立てずに滑る
李賀の結婚の時期は不明ですが、昌谷に帰った李賀は新婚の妻と暮らすか、かねて婚約していた女性と結婚したようです。この詩の冒頭に「西施」とあり、越の美女西施を描いたとも解されますが、詩題は「美人
頭かしらを梳くしけずるの歌」となっており、美人を西施と呼んだのかもしれません。
「鬟」は双鬟望仙髻そうかんぼうせんけいなど高く結い上げた唐代の貴婦人の髪形として当時流行しており、詩では女性が朝起きて髪を梳くさまが逐一描かれています。「美人」は多分、李賀の新婚の妻であり、その証拠として挙げられるのは「轆轤
咿唖 鳴玉転じ」の一句です。後の詩で井戸の轆轤の音が回想され、それは亡くなった妻の回想として詠われているからです。
「一編の香糸」は美人の黒髪と思われますが、このあたりの描写は非常に繊細で濃艶です。唐代では妻とか身近な女性の描き方が確立しておらず、妻であっても宮女のように描くのは、杜甫にも見られます。
細い手で 鴉の濡れ羽色の輪金を直すが
緑の黒髪は滑らかで 簪も挿せないほどだ
春風は満ちわたり なまめかしい思いに堪えかねて
年は十八 高髷の髪の多さにぐったりしている
化粧も出来あがり そばだつ髷にゆがみはなく
雲のような裾で数歩 砂地をゆく雁のように歩く
人に背を向けて語らず 何処へ行くのか
庭の階段を下りて桜桃 花の一枝を折り取った
詩は全体として、身辺の女性の朝の化粧のようすを愛情深く描いた作品と思われます。新婚の妻の美しさを西施になぞらえて詠ったものでしょう。
「十八」は女性の実際の年齢かも知れませんが、年ごろの女性のことを歳十八というのは常套の表現です。最後は化粧もできあがり、若い妻が庭の階段きざはしを下りて桜桃ゆずらうめの花の咲いている一枝を折り取る場面です。
黙って下りてゆく女性のしぐさが美しく描かれて結びとなっています。