送朱大入秦      朱大の秦に入るを送る 孟浩然
遊人五陵去     遊人 五陵へと()
宝剣直千金     宝剣 (あたい)千金
分手脱相贈     手を分かつに 脱して相贈る
平生一片心     平生 一片の心
出世のために 都へ旅立つ友よ
この剣は ちょっとした値打ちものだが
腰からはずして餞別としよう
なあに いつもの俺の気持ちだけだよ

 題名の「入秦」は唐を秦と言い換えたもので、都長安へゆくことです。
 朱大という友人が上京するので、腰の剣をはずして餞別にします。
 唐代では士身分の者は腰帯に剣を吊っていたことがわかります。
 「五陵」は長安の北、渭水北岸にあった漢の五帝陵のことで、当時は陵のまわりに陵邑が営まれ、貴顕富者の住宅地でした。
 五陵に住むのは出世を意味します。


  春 暁         春 暁  孟浩然
春眠不覚暁     春眠 暁を覚えず
処処聞啼鳥     処処に啼鳥を聞く
夜来風雨声     夜来 風雨の声
花落知多少     花落つること知るや多少ぞ
あけがたに ふとまどろんで目覚めると
あちらこちらで 囀る鳥の声がする
夜を籠めて 春のあらしを気にしていたが
はて 花はいかほど散ったろうか

 孟浩然の三首目は、よく知られた五言絶句です。
 「春眠 暁を覚えず」は春の朝の寝心地のよさをいう言葉として日本人がよく使うものですが、中国通の小説家陳舜臣氏は、その夜は「夜来」の風雨が気になってよく眠れなかったけれども、明け方にふとうとうとしたと解しています。また「夜来」は「夜以来」で「夜通し」です。


 登鸛鵲楼        鸛鵲楼に登る 王之渙
白日依山尽     白日 山に依って尽き
黄河入海流     黄河 海に入って流る
欲窮千里目     千里の目を窮めんと欲して
更上一層楼     更に上る 一層の楼
白日は 山巓にそって沈み
黄河は流れて 海にそそぐ
千里の果てまで見きわめようと
高楼をさらに 一階上る

 「鸛鵲楼」は黄河の渡津、蒲州(山西省永清県)の河中府城にあった三層の城楼で、黄河の中洲に立っていました。
 楼閣は城壁の西南隅にあり、眼下を黄河が南流しています。
 黄河はこの少し下流で左折して、東へ流れを変えるのです。
 五言絶句という短い詩形に、これほどの大きなスケールを詠い込んだ技量は見事なものです。

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